翻刻
【右頁上部】
安富(やすとみ)九郎は安富 民部(みんぶ)元綱(もとつな)の弟(おとゝ)なり
応仁(おうにん)元年九月十九日山名 宗全(そうぜん)味方(みかた)
十一万六千の勢(せい)を七手に押分(おしわけ)細川方
に籠(こもり)し所を諸所(しよ〳〵)攻(せめ)ける折(をり)から相国寺(そうこくし)
の出城(でじろ)には安富民部丞七百 余騎(よき)に
て籠(こも)り戦(たゝかひ)数度(すど)に及(およ)へとも勝敗(しようはい)更(さら)に決(けつ)
せざるに城中 心変(こゝろかわり)の者(もの)ありて小屋に火(ひ)
をかけければ寄手(よせて)力(ちから)を得(え)て込(こみ)入しかば
味方 過半(くわはん)討死(うちじに)す安富九郎も此中に
ありしが十六 歳(さい)の美男(びなん)にて日比(ひころ)兄弟の
約(やく)をなし情(なさけ)を通(かよい)せし者(もの)あれば我(われ)討死(うちじに)
の跡(あと)にて歎(なげか)んと思ひ哀(あはれ)におぼへ袖下(そでした)の帛(きぬ)
を引切此歌をかき記念(かたみ)に送(おく)り兄(あに)民部
と共(とも)に敵の中へ割(わつ)て入討死す彼(かの)契(ちぎり)
し男も是を見て浅(あさ)からずかなしみ我
も泉下(せんか)に追(おい)つかんと乱軍(らんぐん)に切入り同じ
枕(まくら)に討死して同じ塚(つか)の苔(こけ)の下に
埋(うづも)れしこそあわれなることともなれ
【右頁下部】
安冨(やすとみ)九郎 元秀(もとひで)
夫(それ)までの
契(ちぎ)り
なり
しを
末(すゑ)
の
松(まつ)
波(なみ)
越(こ)さじ
とも
おもひ
けるかな
【左頁上部】
伊達(だて)兵部(ひやうぶ)少輔(しよういふ)成宗は曾祖父(そうそふ)
圓教(ゑんきやう)入 道(どう)より二代 上洛(じやうらく)中絶(ちうせつ)せしを
こゝろならず恐■寛正(くわんせう)三年の秋(あき)陸(みち)
奥(のく)より上洛す此ころは関東(くわんとう)には古河(こか)
方(がた)上杉(うへすぎ)がたとて両方(りやうほう)に分(わか)れ合戦(かつせん)止(やむ)
ときなくまた五畿内(ごきない)には畠(はたけ)山 正長(まさなが)
同 義就(よしなり)兄弟 鉾(ほこ)をあらそひて道(とう)
中(ちう)さらにおだやかならずかゝる騒(さわが)しき
戦国(せんごく)の中を恐(おそ)れず公方家(くばうけ)へ銀(ぎん)三
万 匹(びき)を献(けん)上して御目見えを申上る
義政(よしまさ)公 浅(あさ)からず思召(おぼしめし)鎧(よろひ)太刀(たち)その
外(ほか)種々(くさ〴〵)を賜(たまは)り大膳大夫(たいせんのたいふ)に任(にん)ぜら
れ下向(げかう)に及(およ)び名ごりををしみこの歌
を詠(えい)ぜしかは忽(たちまち)内裏(だいり)にも聞(きこ)え遠(をん)
国(ごく)のものゝふなれども優(やさ)しき心やと
ことの外(ほか)御感(ぎよかん)ありとかや斯(かゝ)る茨(いばら)の
如(ごと)く乱(みだ)れし世の道(だう)中を陸奥(みちのく)よ
り都(みやこ)へたやすく行通(ゆきかよ)ふことの智(ち)
勇(ゆう)押(おし)はかりてしるべし
【左頁下段】
伊達(だて)成宗(なりむね)
都(みやこ)出(いづ)る
名残(なごり)は
誰(たれ)
と
しらね
ども
ひかるゝとのみ
思ふ袖(そで)かな