東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: コレクション 1

續英雄百人一首 - 翻刻

續英雄百人一首 - ページ 30

ページ: 30

翻刻

【右頁上段】 太田 隠岐守(おきのかみ)隆道は大内(おゝふち)義隆(よしたか)の 清臣(しん)にて勇猛(やうまう)の人也天文二十年の春(はる) 陶(すへ)尾張守(をはりのかみ)隆房(たかふさ)隠居(いんきよ)と号(がう)し富(とみ) 田(た)に引籠(ひきこもり)けるを是 全(また)く反逆(ほんぎやく)の色(いろ)と 悟(さと)り冷泉(れいぜい)隆豊(たかとよ)天野(あまの)藤内(とうない)等(ら)と共(とも) に大将(たいせう)義隆のまへに出て逆徒(ぎやくと)等 追伐(つひばつ)のため富田(とみた)へ夜討(ようち)をかけ陶(すへ)を 打取(うちとら)ん策(はかりごと)を申すといへども義隆(よしたか)闇愚(あんぐ) にて承引(せういん)し給はへば歯(は)がみをなし大内 家(け)の運命(うんめい)傾(かたぶ)きしとき也と涙(なみ退だ)ながらに 引 退(しりぞ)き其後(そのご)山口 没落(ぼつらく)に千 悔(くわい)して 足(あし)ずりすれどもその詮(せん)なく義隆(よしたか)とゝも に十三 騎(き)になるまで付そひ大将 生(しやう) 害(がい)のあひだ修羅(しゆら)のあれたるごとく戦(たゝか) ひ防(ふせ)ぎ敵(てき)を討(うち)とること数(かず)しれず矢(や) だねつき太刀 折(をれ)ければ今は是(これ)まで也 と此歌を辞世(じせい)として自害(じがい)して誉(ほまれ) を末代(まつだい)にのこしぬ大内主従(しう〴〵)滅亡(めつぼう)は 天文(てんもん)二十年九月朔日(ついたち)のことなり 【右頁下段】  太田(おほた)隆道(たかみち) 秋風(あきかぜ)の至(いた)り    いたらぬ 山蔭(やまかげ)にのこる もみ ぢ も     散ず       やは        ある 【左頁上段】 右田(みぎ)右京亮 多々羅(たゝら)隆次(たかつぐ)は義(よし) 隆(たか)の一 族(ぞく)也 義隆(よしたか)陶(すへ)がために山口を ■運(うん)かたぶきて長州(てうしう)大 寧寺(ねいじ) まで落(おち)給に道(みち)に度々踏(ふみ)とゞまりて 敵(てき)を防(ふせ)ぎ義隆(よしたか)最期(さいご)の辞世(じせい)に  〽討(うつ)人もうたるゝ人ももろともに   如露(によろ)亦(やく)如電(によでん)応作(おうさ)如是観(によぜくわん) 右田もともに此うたを辞世(じせい)にのこし 大将の自害(じがい)の後(のち)も障子(せうじ)蔀(しとみ)な ど焼(やき)草(くさ)を取(とり)かさね死骸(しがい)に火を 掛(かけ)よせくる敵(てき)を矢(や)だねのかぎり 射(い)たほし朋友(ほうゆう)天野(あまの)藤内(とうなゐ)黒(くろ) 川 隆像(たかかた)太田 隆道(たかみち)岡部(おかべ)隆(たか) 影(かげ)冷泉(れいぜい)隆豊(たかとよ)等とともに切(きつ) 先(さき)をそろへ切て出 敵(てき)をうつ事 かぎりもなく右の勇士(ゆうし)等と一 同(とう) 仏間(ぶつま)に列座(れつざ)し腹(はら)かき切り臓(はらわた) を掴(つか)みいだし死(し)をいさぎよくして 名(な)を後代(こうだい)にのこしぬ 【左頁下段】  右田(みぎた)右京亮(うきようのすけ) 隆次(たかつぐ) 末(すゑ)の露(つゆ)本(もと)の  雫(しづく)にしるや   いかに 終(つひ)に おく れぬ 世の 習(なら)ひとは