東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: コレクション 1

續英雄百人一首 - 翻刻

續英雄百人一首 - ページ 31

ページ: 31

翻刻

【右頁上段】 岡部(おかべ)隆景は大内 義隆(よしたか)の臣下(しんか)に て陶(すへ)尾張守(をはりのかみ)が逆意(ぎやくい)に仍(よつ)て義隆 とともに山口を落(おち)のび主従(しう〴〵)十三人 長門(ながと)の瀬戸崎(せとさき)へ船(ふね)をよせ深川(ふかは) の称名(しやうめう)の市(いち)を通(とほ)りけるに三浦 将監(せうげん)尾和(をは)兵庫允(へうごのすけ)しきりに追(おつ) かけ義隆(よしたか)を討(うた)んとす岡部(おかべ)隆景 大きに怒(いか)り譜代(ふだい)相伝(さうでん)の主君(しゆくん) に向(むか)ひて弓(ゆみ)ひく奴(やつ)原(ばら)人面(じんめん)獣心(じうしん)敵に は不足(ふそく)なれど冥土(めいど)の道づれ供(とも)せよ といふ侭(まゝ)に大太刀 抜(ぬい)て切ちらせば此 勢(いきほ)ひに恐(おそ)れ敵引(てきひき)いろに見えければ 引かへして義隆におひつき又 追(おひ)くれ ば取(とつ)てかへし火の出るまで戦(たゝか)ひてもり かへすこと六七 度(ど)身には簔(みの)毛(け)のごとく 矢(や)をおひ大 寧(ねい)寺にてもきびしく はたらき主従(しう〴〵)居(ゐ)ならび最期(さいご)のいと まごひし此哥をかきのこして腹(はら)かき 切り義名(ぎめい)を末世(まつせ)に伝(つた)へけり 【右頁下段】    岡部(おかべ)右衛門太夫(ゑもんのたいふ)隆景(たかかげ) 白露(しらつゆ)の 消(きえ)ゆ  く あき  の 名残(なごり)   とや しばしはのこる  すゑのまつ風 【左頁上段】 八幡(やはた)の祢宜(ねぎ)民部丞右信は義隆(よしたか) に随(したがつ)て名高き勇者(ゆうしや)なり和哥も よくす去年(きよねん)義隆 龍福寺(りうふくじ)において 和歌(わか)の会(くわい)を催(もよほ)せし時民部丞も同席(どうせき) なり然るにそのざに見なれぬ老僧(ろうそう)一 人ありて物がたりなどせしが連衆(れんしゆ)は 寺の僧(そう)と思い寺のものは召(めし)つれられ たる人とおもひ程(ほど)すぎ満座(まんざ)■■■ て静(しづか)なる折(をり)からかの僧 樗(おふち)といふ題(だい)を 操(さぐ)りて一 首(しゆ)よみ民部丞にわたす右(みぎ) 信(のぶ)則(すなはち)詠草(えいさう)をとりよみて見るに 〽しるやいかにすゑの山風 吹(ふき)おちて  もろく 樗(おふち)のちりはてんとは 此哥を再吟(さいぎん)せんとせし時かの僧 はかき消(けす)ごとく失(うせ)けり民部丞おもふに 是 陶隆房(すえたかふさ)反逆(ほんぎやく)によりて大内 家(け) の衰(おとろ)へを告(つげ)し也と歎(なげき)しが天の命(めい) ずる所と心を必死(ひつし)に決(けつ)しつひに 大 寧寺(ねいじ)にて勇(ゆう)をあらはし戦死(せんし)す 【左頁下段】  民部丞(みんぶのぜう)右信(みぎのぶ) 風(かぜ)をあらみ跡  なき露(つゆ)の 草(くさ)のはら 散(ちり) の こる  花も 幾’(いく)ほどの      世ぞ