東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: コレクション 1

續英雄百人一首 - 翻刻

續英雄百人一首 - ページ 32

ページ: 32

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【右頁上段】 平賀新四郎隆保は芸州(げいしう)頭崎(とうさき)の 城(しろ)□□□□守が附城なれば毛(もう) 利□□□義隆の吊(とむらい)合戦のため 押よする平賀 無勢(ぶぜい)なるがゆゑ同国(どうごく) 大山の城へ一ッになり合戦しば〳〵なるに 毛利勢■ 寄(よせ)をつけ城楼(せいろう)をあげて 手いたく攻(せめ)けるゆゑ城将(ぜうしやう)大森(おほもり)和泉守(いづみのかみ) 平賀新四郎両人 諸卒(しよそつ)の命に替(かはり)て 切腹(せつふく)せんことをいひ送(おくり)ければ約諾(やくだく)極(きはま)りて 毛利けより検(けん)しを遣す平賀ざに直 り介錯(かいしやく)を止(とゞめ)おきて西に向ひ種々(しゆ〴〵)経文(きやうもん)を唱(となへ) はら十文じにかき破(やぶ)り臓腑(ぞうふ)をつかみ出し 寸々(すん〴〵)に切て捨(すて)けれども少もよはる色(いろ)なしはら 切て死(しな)ざるものはなきにいつなればかゝるさまや と硯(すゞり)をとりよせさら〳〵と此歌を書(かき)猶(なほ)又 平賀 隆保(たかやす)廿三歳 諸士(しよし)の命(めい)に代(かわり)て自裁(じさい) のち永(ながく)こゝに於(おい)て詠(えい)焉(ゑん)をたつと筆太(ふでふと)に 認(したゝ)め介錯人(かいしやくにん)に言つけてくびを打(うた)すにて 人その勇(ゆう)を誉(ほめ)ざるものなし 【右頁下段】  平賀(ひらが)新四郎(しんしらう)隆保(たかやす) ありといひなしと  いはんも花 もみじ 只(ただ)かり   そめの  言(こと)の葉(は)のいろ 【左頁上段】 陶(すゑ)尾張守(をはりのかみ)隆房は大内 家(け)の臣下(しんか)なれ ど同輩(どうはい)相良(さがら)遠江守(とほ〳〵みのかみ)と不和(ふわ)になり確(くわく) 執(しつ)よりことおこり義隆(よしたか)相良(さがら)の詞(ことば)のみを 用(もち)ひ給ふゆゑ無念(むねん)に思ふ折から讒者(ざんしや) の中言(なかこと)を信(しん)じ主家(しゆけ)を亡(ほろぼ)せしかども 心ならず剃髪(ていはつ)して全薑(ぜんきやう)と号(がう)し大 友家(ともけ)より養子(やうし)ゑて大内の名跡(めいせき)は立(たつ) るといへども威勢(ゐせい)に任(まか)せて我意(がい)につ のる毛利(もうり)元就(もとなり)これを憎(にく)み陶(すえ)と合戦 度々(どゞ)に及び勝敗(せうはい)なき所 全薑(ぜんきやう)三万の 勢(せい)を卒(そつ)し厳島(いつくしま)へ渡(わた)りかしこを攻(せめ)し に弘治(こうぢ)元年九月 晦日(みそか)大 風雨(ふうう)の夜(よ)毛 利 吉川(きつかは)小早川(こばやかは)の勢を合(あは)せ闇夜(あんや)に 海(うみ)をわたし不意(ふい)を打しかば陶(すえ)大 敗軍(はいぐん) におよび舟(ふね)にのらんとすれども船(ふね)は皆(みな)奪(うば) はれ詮方(せんかた)なく青海苔(あをのり)山へ入り近臣(きんしん)とも と水盃(みづさかづき)をして笑(えみ)を含(ふく)み此辞世(じせい)をよみ 若楓(わかかへで)といふ名刀(めいとう)にて切腹(せつふく)して果(はて)る因果(いんぐわ) 業報(ごうほう)逆罪(ぎやくざい)の然(しか)らしむる所といふ 【左頁下段】  陶(すえ)尾張(をはり)入道(にうどう) 全薑(ぜんきやう) 何(なに)を惜(をし)み  なにを  恨(うらみ)ん もと  よ りも この  ありさまの   定(さだ)まれる      身に