東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: コレクション 1

續英雄百人一首 - 翻刻

續英雄百人一首 - ページ 33

ページ: 33

翻刻

【右頁上段】 山崎 勘解由(かげゆ)隆方は陶方(すえがた)の大将に て軍敗(いくさはい)してより入道と生死(せうし)をともにせ んと青海苔(あをのり)山まで落(おち)たりしが渡(わた)るべ きにも舟(ふね)はなし水練(すいれん)の名人なれば全薑(ぜんきやう)を 材木(ざいもく)にのせおよぎ渡り落(おち)のびんといふに 入道 聞(きゝ)てあまたの味方(みかた)を打(うた)せわれ今 にけ帰(かへ)りしと聞(きこ)えては我(わが)ために死(しゝ)たる 者(もの)の一 族(そく)へ面(おもて)を向(むく)べきにあらずと 承引(せういん)せねばさらばともに自殺(じさつ)せん と最後(さいご)の盃(さかづき)をなし舞(まひ)たわぶれて後(のち) 此 辞世(じせい)をよむ同 朋友(はらから)垣並(かきなみ)佐渡守(さどのかみ) 房清(ふさきよ)も筆(ふで)をとりて  莫論勝敗迹人我暫時情(せうはいのあとをろんずることなかれひとわれざんじのじやう)  一物(いちもつ)不生地(ふせうのち)山寒(やまさむうして)海水清(かいすいきよし) 此 詩(し)を吟(ぎん)じいざ山崎氏 同道(どう〳〵)せん と両(りやう)人ともに手に手をとり互(たがひ)に太刀 を胸(むな)もとへ押(おし)あてエイと声(こゑ)かけ刺違(さしちが) へて死(し)す勇強(ゆうごう)を人 誉(ほめ)けるとなん 【右頁下段】  山崎(やまざき)勘解由(かげゆ)隆方(たかかた) 有(あり) と 聞(きゝ) な き と 思(おも)ふ   も  迷(まよ)ひなり   まよひ   悟(さと)り   なければ     さへなき 【左頁上段】 伊香賀(いかゞ)民部太輔 隆正(たかまさ)は陶(すえ)尾張 守のめのとにて希代(きだい)の忠臣(ちうしん)也 最期(さいご) の場(ば)まで側(そば)を放(はな)れず青のり山まで 来り陶(すへ)入道 石上(せきせう)の苔(こけ)を払(はら)ひて座(ざ)し 最期(さいご)の盃(さかづき)せん水はなきにやといひければ 民部 葉広柏(はひろかしは)の落(おち)たるを拾(ひろ)ひ松の 葉(は)にて二三まいとぢかさね谷(たに)川の水を 汲(くみ)て莞(につ)爾(こ)と笑(わら)ひ後漢(ごかん)の逍丙(せうへい)は 水(みず)を酌(くみ)て酒(さけ)となせば人酔ことを得(え)た りといふこれは夫(それ)に引(ひき)かへて浮世(うきよ)の酔(ゑひ) を覚(さま)す功徳(くどく)水即(すいそく)心即(しんそく)仏(ぶつ)ならんと たはぶれ此 辞世(じせい)を詠(よ)むかくて全薑(ぜんきやう) 切腹(せつふく)せしかば介錯(かいしやく)して入道の首(くび)を 小袖(こそで)につゝみ谷川の渕蔭(ふちかげ)に隠(かく)し 上に岩(いわ)を覆(おほ)ひ心静(しづか)に二三丁 脇(わき)の 浜辺(はまべ)に出(いで)腹(はら)かき切り手づから首(くひ)を 切(きり)おとして死(し)す毛利 侯(こう)右四人の 首実験(くびじつけん)の後廿日市 洞雲寺(とううんじ)に納(おさめ) 石碑(せきひ)を立て孝養(かうよう)し給ふといへり 【左頁下段】  伊香賀(いかが)民部太輔(みんぶのたいふ) おもひ  きや 千(ち) 歳(とせ) を か け し 山松(やままつ)の 朽(くち)ぬる時(とき)を  君(きみ)に          見(み)んとは