翻刻
【右頁上段】
細川九郎 澄之(すみゆき)は武蔵守政元(むさしのかみまさもと)の養(やう)
子也其臣 香西(かさい)又六 元近(もとちか)権(けん)を取(とり)威(ゐ)を
ふるひ逆心(ぎやくしん)を企主君政元をひそかし風(ふ)
呂(ろ)にて殺害(せつがい)し香西は澄之(すみゆき)に世を継(つが)せ
我意(がい)を以(もつ)て政事(せいじ)を扱(あつか)はんとのことなり
三好 筑前(ちくぜん)守 長元(ながもと)これを怒(いかり)て家督(かとく)
の事は一家の氏族(しぞく)なきにもあらずと細
川 右京(うけうの)大夫澄元を跡(あと)目にせんと論(ろん)
争(しやう)起(おこ)りて鉾楯(むじゆん)に及(およ)び香西又六九郎
澄之を同伴(どうはん)して嵐山に城(しろ)をかまへて
籠(こも)る三好長 輝(てる)不意(ふい)に澄之の城郭(ぜうくわく)
を攻(せめ)しかば防(ふせぎ)がたく味(み)方 多(おほ)く打死す
澄之今は是(これ)までなり雑兵(ざふひやう)の手に
かゝらんよりは自害(じがい)せんと実父(じつぷ)の方
へ最期(さいご)のふみをしたゝめ奥(おく)に此歌
を書(かき)鬢(びん)の毛(け)を添(そへ)て是を送(おく)り腹(はら)
十文字にかき切て死(し)す廿二才 波々(はは)
伯部(かべ)伯耆(はうき)守 介錯(かいしやく)してその刀(かたな)にて
自分(しぶん)も自害して死(し)す
【右頁下段】
細川澄之(ほそかはすみゆき)
梓弓(あづさゆみ)張(はり)て
心(こゝろ)は
強(つよ)けれど
引手(ひくて)すくなき
身(み)とぞ
なりぬる
【左頁上段】
摂津守(せつつのかみ)冬康は三好 長慶(てうけい)同
実休等(じつきうら)の弟(おとゝ)也 兄(あに)実休は四国の
守護(しゆご)細川讃岐守持隆(ほそかはさぬきのかみもちたか)の臣(しん)
なれども逆心(ぎやくしん)にして持隆 生害(せうがい)あ
りしよりその妾(せう)を実休 妻(つま)とし悪(あく)
逆(ぎやく)すこぶる甚(はなはだ)しければ天誅(てんちう)逃(のが)れざ
るゆへにや畠山高政(はたけやまたかまさ)と戦(たたか)ひ実休方
敗軍(はいぐん)せしは全(まつた)く逆 罪(ざい)の遁(のが)れぬ
所なりと実休(じつきう)心にくやみて
〽草からす霜(しも)またけさの日にきへて
因果(いんぐわ)はやがてめぐり来にけり
実休此歌を見せければ冬康
これをなぐさめて
〽因果とははるか車(くるま)の輪(わ)の外(ほか)を
めぐるもとほきむさしのゝはら
斯(かく)世乱(よみだ)れて君臣(くんしん)父子の礼(れい)もなく欲心(よくしん)
に引れて戦(たゝか)ひのみに道(みち)のなきをかなしみ
〽いにしへをしるせるふみの跡(あと)もなし
さらずはくだる世とはしらじを
【左頁下段】
安宅木冬康(あたぎふゆやす)
うたふ夜(よ)の暁(あかつき)
深(ふか)く声(こゑ)
ふけ
て
神(かみ)
代(よ)
ながら
の
鈴(すず)の声(こゑ)かな