東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: コレクション 1

續英雄百人一首 - 翻刻

續英雄百人一首 - ページ 39

ページ: 39

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【右頁上段】 松永(まつなが)弾正は摂州嶋上群(せつしうしまかみこほり)の民間(みんかん) より出て始(はじめ)は貧(まづし)き者なりしが神峰山(しんぶせん) の毘沙門(びしやもん)天を信(しん)じ参詣(さんけい)怠(おこた)らす大晦 日の夜そのかへるさに松明(たいまつ)の火(ひ)きへて難義(なんぎ) せしに化野(あだしの)の煙(けふ)り立(たつ)を見て世(よ)の有(あり)さま を観(くわん)じ死人(しにん)を火葬(くわそう)の火を松明にうつし 夫(それ)にそなへし供物(ぐもつ)を取(とり)かへりて翌朝(よくてう)正月 元日に祝義(しうぎ)をいはひ是よりだん〳〵冨貴(ふつき)と なれり松 虫(むし)を飼(か)ふことを好(このみ)しが手をこ めて養(やしな)ひければ既(すで)に三年 生(いき)たり弾正 思ふに虫さへ斯(かく)のごとしまして人には養(やう) 生(ぜう)あるべきことなりと申けり後 信長(のぶなが)と 戦(たたか)ひまけ自害(じがい)すべき前(まへ)に灸(きう)をす ゑ居(ゐ)たるを見てある人今 死(し)する身に 何(なに)の養生(やうぜう)ぞやと申ければ弾正 答(こたへ)て我(われ) は常(つね)に中風(ちうぶ)の病(やまひ)あれば死(し)にのぞみ起(おこ)る ならば臆(おく)したりと人の笑(わらは)ん病を防(ふせ) ぎ置(おき)心よく自害(じがい)せんため成と灸を仕(し) 舞(まひ)て切腹(せつふく)す心にとめおくべきことなり 【右頁下段】  松永弾正忠久秀(まつながだんぜうのちうひさひで) 世(よ)の中(なか)に 春(はる) なか り せ  ば いかで    かは  花(はな)の影(かげ)に      て  きみにあひみん 【左頁上段】 福井(ふくゐ)小次郎は父 源(げん)左衛門と共(とも)に 中国(ちうごく)より撰(えら)ばれて備前福岡(びぜんふくおか)の城(しろ) に籠(こも)り隣国(りんごく)の敵(てき)を引(ひき)うけ数度(すど) 戦(たゝか)ひけれども屈(くつ)する色(いろ)なくある日 敵(てき) の油断(ゆだん)を見(み)すまし父とゝもに討(うつ)て 出思ふまゝ働(はたら)き引(ひき)上け父は城(しろ)に入たり と思ひ尋(たづぬ)るに行方(ゆきがた)見えざれば驚(おどろ) き又 城外(じやうぐわい)に打て出 寄手(よせて)の中へ名の り出 横立(よこたて)に切てまはりしがあまり戦(たゝか) ひ労(つか)れ身躰自在(しんたいじざい)ならねば家人(けにん) ども肩(かた)にかけ引入しに手疵(てきず)二十六 ケ 所(しよ)あれば終(つひ)に活(いき)たえたり跡(あと)に 鎧櫃(よろひひつ)に母の方への文(ふみ)あり幼少(ようせう)の時 より御 別(わか)れ参(まゐ)らせ此 侭(まゝ)打死せば 御 歎(なげき)の程(ほど)こそ心にかゝり候しばしこの 世に残(のこ)り給ふとも終(つひ)にはあふべき 所こそ候へば御 心(こゝろ)をなぐさめさせ玉 へとかきておくに此 歌(うた)あり今年(このとし)十 九歳なりとかや 【左頁下段】  福井小次郎政家(ふくゐのこじらうまさいへ) 生(うま)れこ親子(おやこ) の契(ちぎ)り いか  なれば おなじ  世(よ)に だに  へだて果(はつ)らむ