東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: コレクション 1

續英雄百人一首 - 翻刻

續英雄百人一首 - ページ 42

ページ: 42

翻刻

【右頁上段】 大嶋民部澄月(おほしまみんぶすみづき)は松浦壱岐守隆(まつらいきのかみたか) 信(のぶ)の籏下(はたした)にて兄筑前守(あにちくぜんのかみ)ともろとも 肥前(ひぜん)の飯森(いひもり)を攻(せめ)んと出陣(しゆつぢん)に及(およ)び松 浦の下知(げぢ)にしたがひ先(まづ)相神浦(あひのうら)の城(しろ) へ押寄(おしよせ)度々(どゞ)戦(たゝか)ふといへども城兵(じやうへう)強(つよ)く してさらに弱(よわ)るけしきなきゆゑ寄(よせ) 手(て)は武辺(たけべ)といふ所に引 取(とり)て数日(すじつ)陣(ぢん) 所(しよ)を固(かため)て居(ゐ)しに城兵兵粮(じやうへうへうらう)とぼしく すでに飢喝(きかつ)にのぞみければ今は最(さい) 期(ご)と思ひ定(さだ)め城将(じやうせう)東(あづま)甚介□忠(ときたゞ) 三百人ばかりにて打出 精兵(せいへう)共に射(い) たてさせ疼(ひる)む所を蒐立(かけたて)ければ寄(よせ) 手(て)難義(なんぎ)に及(およ)びくり□に退(のきに)けるに 大嶋 兄弟(けうだい)殿(しんがり)□て度々□し合せ 敵(てき)を追拂(おいはら)ひけれども軍(いくさ)急(きう)にし て味方(みかた)多(おほ)く討(うた)れければ大 敗軍(はいぐん) となる大 島(しま)兄弟 雑兵(ざふへう)の手(て)に かゝらんよりはいさぎよく自害(じがい)せ ばやと二人り打(うち)つれ小高(こたか)き所(ところ)に 【右頁下段】 澄月(すむつき)のしばし  雲(くも)には 隠(かく)るとも  己(おの)が 光(ひか)り   は 照(てら)さ  ざらめや  大嶋民部澄月(おほしまみんぶすみづき) 【左頁上段】 のぼり民部兄(みんぶあに)にむかひ最期(さいご)の 辞世(じせい)はいたしたりと此〽 澄月(すむつき)の歌(うた) を見せければ筑前守(ちくぜんのかみ)も矢立(やたて)取(とり) 出(だ)し〽 かりそめのゝ歌を書(かく)に弟民部(おとゝみんぶ) は莞爾(くわんじ)と笑(わら)ひもはや刀(かたな)を胸板(むないた)に 突立(つきた)て死(し)す照屋(てるいへ)さらば弟(おとゝ)が弔(とふらひ) 合戦(かつせん)せんと寄(よせ)くる敵(てき)を山より追下(おひさげ) 頬当引切(ほうあてひききり)て自害(じがい)せんとする所に 敵方の勇士北川兵部(ゆうしきたかはへうぶ)といふ者 馳(はせ) 来(きた)つて筑前殿(ちくぜんどの)御首(みぐし)を給はらんと 言葉(ことば)を掛(かけ)たり大嶋 照屋(てるいへ)あざ笑(わらつ) て身石火(みせきくわ)の風に向(むか)つて滅安(めつしやす)きが如(ごと)く 朝露(てうろ)の日にむかひて消(きえ)やすきに似(に) たり心 得(え)たるか兵部(へうぶ)といひて刀(かたな)を 咽(のど)へ突通(つきとほ)して死(し)す後(のち)此軍 勝敗(せうはい) 決(けつ)せず扱(あつか)ひとなり和睦(わぼく)しぬれ ど大嶋 兄弟(けうだい)の名は後(のち)につたへて 敵(てき)も味方(みかた)も誉(ほめ)ざる者(もの)は          なかりしとかや 【左頁下段】   大嶋筑前守照屋(おほしまちくぜんのかみてるいへ) かり  そ めの 雲隠(くもがくれ)   とは  思(おも)へども 惜(をし)む習(ならひ)ぞ在明(ありあけ)    の月