東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: コレクション 1

續英雄百人一首 - 翻刻

續英雄百人一首 - ページ 44

ページ: 44

翻刻

【右頁上段】 友梅(ゆうばい)は備中国(びつちうのくに)手の村 国吉(くによし)の城(じやう) 主(しゆ)手右京亮政親(てのうけうのすけまさちか)が子にて天正二 年十二月 毛利家(もうりけ)の勢(せい)と戦ふころは 友梅 眼病(がんびやう)にて盲目(もうもく)となれり弟(おとゝ)の 新(しん)四郎 政貞(まささだ)とても軍(いくさ)に利(り)なきこと を見きり五十 余(よ)人打出 死(しに)もの狂(ぐる)ひに 働(はたら)き敵あまた打取り深手(ふかて)を負(おひ)け れども少しも屈(くつ)せず敵将 栗屋彦(くりやひこ) 右エ門と戦ひ終(つい)に討死(うちしに)しければ友梅 今は是までなり弟(おとゝ)に追付(おいつか)んと良等(らうどう) 坂下彦(さかしたひこ)六郎が肩(かた)にすがり敵中へ 蒐入我首取(かけいりわがくびとつ)て見よと呼(よば)はりながら大 太刀にて盲(めくら)打に働(はたら)き終(つひ)に木原(きはら)次 郎兵衛に討(うた)れて死す坂下彦六 郎も同枕(おなじまくら)に自害(じがい)して死せり友 梅 竹(たけ)の枝(えだ)に短冊(たんざく)を付此歌を書(かき) さし物として軍中(ぐんちう)に死すはためし    すくなき盲人(もうじん)なりと皆感涙(みなかんるい)を もよほしけり 【右頁下段】 手友梅(てのゆうばい) 暗(くら)きよりくらき道(みち)にも迷(まよ)はじな 心の月のくもりなければ 【左頁上段】 甫一検校(ほいちけんげう)は京都の座頭(ざとう)遠都(とほいち)と いひて平家(へいけ)を語(かた)り和歌を嗜(たしみ)ける 者(もの)にて義昭(よしあき)公 御前(ごぜん)へも召(めさ)れし者(もの)也 然(しか)るに都(みやこ)■(せう)乱(らん)によつて将軍(せうぐん)も西国(さいこく)へ 下向(げこう)のよしゆゑ甫一も備中(びつちう)松山に下り 三浦 元親(もとちか)の憐(あわれみ)を受(うけ)て勾当(かうとう)になり 又 検校(けんげう)をさへ極(きは)め此 比(ころ)京にありしかが 松山の兵革(へうかく)をきゝて其恩(そのおん)を得(う)るもの 何ぞ義(ぎ)に一 命(めい)を捨(すて)ざらんやと松山に下り 元親(もとちか)と死(し)を共(とも)にせんことを願(ねが)ふ元親大に 感(かん)じ心ざしは至極(しごく)せり速落(とくおち)よと言(いひ)けれ どもさらに用(もち)ひずいかにもして助(たすけ)ばやと 思ひ馬酔木丸(あせびのまる)といふへ遣(つかは)し置(おき)けるにこの 丸の者ども心 変(がわり)して敵(てき)を引入れ騒動(そうどう)に 及(およ)びければ甫一怒(いか)り腹(はら)だちいひがひなき やつ原(ばら)なりと罵(のゝし)り今は是までなりと 辞世(じせい)に此歌を残(のこ)して自害(じがい)して果(はて)けり 義(ぎ)をしらぬもの共に対(たい)してはこれ等(ら) も英雄(ゑいやう)といふべきものなり 【左頁下段】  甫一検校(ほいちけんぎやう) 松(まつ)山に消(きえ)なん  ものを   末(すゑ)の 露(つゆ)  落(おち)ても    水の あはれうき身(み)は