東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: コレクション 1

續英雄百人一首 - 翻刻

續英雄百人一首 - ページ 51

ページ: 51

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【右上】 高橋紹運(たかはしでううん)は筑前岩屋(ちくぜんいはや)の城主に て武勇(ぶゆう)の将也天正十二年/嶋(しま)津/勢(せい) 十万/余騎(よき)大友を攻(せめ)て猛勢(まうせい)なるに岩 屋の城へ使者(ししや)を立て申けるは紹運(でううん)の 武勇世に名高(なたか)しといへどもかくては衰(おとろへ) られんこと近(ちか)きにあるべしとにかく家(いへ)を興(おこさ)ん 事/武(ぶ)の本意(ほんい)とす早(はや)く嶋津家(しまづけ)と和睦(わぼく) せられ人/質(しち)を出され然(しか)るべき由(よし)申/送(おく)り けるに紹運聞て尤の仰(おほせ)に候へども運(うん)衰へ て志(こゝろざし)を変(へん)ずるは弓矢(ゆみや)取身の恥(はぢ)にし て人に爪抓(つまはぢ)きせらるべし松樹(せうじゆ)千年/終(つひ) に朽(くち)ることぞかし人生朝露(じんせいてうろ)の日/影(かげ)を 待(まつ)にひとし只(たゞ)世に残(のこ)らんものは義名(ぎめい)也 とさらに取合ねばさらば攻(せめ)よと大軍 を発(はつ)し押寄(おしよせ)ければ数日(すじつ)防(ふせ)ぐといへども 七百/余(よ)の小勢なれば敵(てき)しばらく討死(うちしに) と覚悟(かくご)し門(もん)の柱(はしら)に  〽かばねをば岩屋の苔(こけ)にうづむとも   雲(くも)井のそらに名をとゞむべき ト 【左上】 書付(かきつけ)て一ト度(たび)敵(てき)を追払(おひはら)ひ心しづかに 切腹(せつふく)せんと高矢倉(たかやぐら)に打上り其/用意(ようい) せしかば義(ぎ)の深(ふか)き将(せう)を慕(した)ひ同じ枕(まくら)に 切腹(せつふく)する者三十七人 〽流(なが)れての哥(うた)は此 時の辞世(じせい)也/紹運(でううん)の骸(なきがら)は薩州(さつしう)ゟ厚(あつく) 葬(ほうむ)り給ひしとかや三原/紹心(でうしん)も岩屋(いはや)の城 一方を引うけ防戦(ばうせん)手を尽(つく)しけるに四方十 余(よ)万の寄隊(よせて)山野蹊路(さんやけいろ)に充満(じうまん)して天 地も崩(くづ)るゝばかりにときを発(はつ)し攻(せめ)ければ 城兵一人して五人十人打といへども打死 する者(もの)数増(かずまさ)りける三原紹心花やかに いで立て四尺五寸の大太刀を真向(まつかう)にさし 挿(かざ)し持口に立/添(そひ)て大/音(おん)に此/辞世(じせい) を吟(ぎん)じむらがる敵中へ蒐(かけ)入て当(あた)るを さいはひ切(きり)ちらし敵(てき)あまた打とれども 其身/金鉄(きんてつ)ならねば数(す)ヶ所の手疵(てきず) を負(お)ひ今は是までなりと向(むか)ふ敵(てき)と 引組(ひきくみ)て深き谷(たに)へ転(まろ)びおち重(かさな)り合 て死(し)したりける 【右下】  高橋紹運(たかはしでううん) 流(なが)れての 末(すゑ)の 世(よ) 遠(とほ)く 埋(うづも)れぬ 名(な)をや 岩屋(いはや)の 苔(こけ)の下水(したみづ) 【左下】  三原紹心(みはらでうしん) 打太刀(うつたち)の かねの 響(ひゞき)は 久(ひさ)かたの あまつ   空(そら)にぞ   きこえあぐべき