翻刻
【右上】
高橋紹運(たかはしでううん)は筑前岩屋(ちくぜんいはや)の城主に
て武勇(ぶゆう)の将也天正十二年/嶋(しま)津/勢(せい)
十万/余騎(よき)大友を攻(せめ)て猛勢(まうせい)なるに岩
屋の城へ使者(ししや)を立て申けるは紹運(でううん)の
武勇世に名高(なたか)しといへどもかくては衰(おとろへ)
られんこと近(ちか)きにあるべしとにかく家(いへ)を興(おこさ)ん
事/武(ぶ)の本意(ほんい)とす早(はや)く嶋津家(しまづけ)と和睦(わぼく)
せられ人/質(しち)を出され然(しか)るべき由(よし)申/送(おく)り
けるに紹運聞て尤の仰(おほせ)に候へども運(うん)衰へ
て志(こゝろざし)を変(へん)ずるは弓矢(ゆみや)取身の恥(はぢ)にし
て人に爪抓(つまはぢ)きせらるべし松樹(せうじゆ)千年/終(つひ)
に朽(くち)ることぞかし人生朝露(じんせいてうろ)の日/影(かげ)を
待(まつ)にひとし只(たゞ)世に残(のこ)らんものは義名(ぎめい)也
とさらに取合ねばさらば攻(せめ)よと大軍
を発(はつ)し押寄(おしよせ)ければ数日(すじつ)防(ふせ)ぐといへども
七百/余(よ)の小勢なれば敵(てき)しばらく討死(うちしに)
と覚悟(かくご)し門(もん)の柱(はしら)に
〽かばねをば岩屋の苔(こけ)にうづむとも
雲(くも)井のそらに名をとゞむべき ト
【左上】
書付(かきつけ)て一ト度(たび)敵(てき)を追払(おひはら)ひ心しづかに
切腹(せつふく)せんと高矢倉(たかやぐら)に打上り其/用意(ようい)
せしかば義(ぎ)の深(ふか)き将(せう)を慕(した)ひ同じ枕(まくら)に
切腹(せつふく)する者三十七人 〽流(なが)れての哥(うた)は此
時の辞世(じせい)也/紹運(でううん)の骸(なきがら)は薩州(さつしう)ゟ厚(あつく)
葬(ほうむ)り給ひしとかや三原/紹心(でうしん)も岩屋(いはや)の城
一方を引うけ防戦(ばうせん)手を尽(つく)しけるに四方十
余(よ)万の寄隊(よせて)山野蹊路(さんやけいろ)に充満(じうまん)して天
地も崩(くづ)るゝばかりにときを発(はつ)し攻(せめ)ければ
城兵一人して五人十人打といへども打死
する者(もの)数増(かずまさ)りける三原紹心花やかに
いで立て四尺五寸の大太刀を真向(まつかう)にさし
挿(かざ)し持口に立/添(そひ)て大/音(おん)に此/辞世(じせい)
を吟(ぎん)じむらがる敵中へ蒐(かけ)入て当(あた)るを
さいはひ切(きり)ちらし敵(てき)あまた打とれども
其身/金鉄(きんてつ)ならねば数(す)ヶ所の手疵(てきず)
を負(お)ひ今は是までなりと向(むか)ふ敵(てき)と
引組(ひきくみ)て深き谷(たに)へ転(まろ)びおち重(かさな)り合
て死(し)したりける
【右下】
高橋紹運(たかはしでううん)
流(なが)れての
末(すゑ)の
世(よ)
遠(とほ)く
埋(うづも)れぬ
名(な)をや
岩屋(いはや)の
苔(こけ)の下水(したみづ)
【左下】
三原紹心(みはらでうしん)
打太刀(うつたち)の
かねの
響(ひゞき)は
久(ひさ)かたの
あまつ
空(そら)にぞ
きこえあぐべき