東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: コレクション 1

續英雄百人一首 - 翻刻

續英雄百人一首 - ページ 52

ページ: 52

翻刻

【右上】 佐久間玄蕃允盛政(さくまげんばのでうもりまさ)は柴田勝家(しばたかついへ)の 甥(おひ)にて大/勇強(ゆうがう)の武者也/常(つね)に鉄(てつ)の 棒(ぼう)を遣(つか)ふ事に馴(なれ)たり天正十一年四月 賤(しづ)ヶ嶽(たけ)へ取掛(とりかゝ)り羽柴勢(はしばせい)を切崩(きりくづ)し 敵陣を数多焼立(あまたやきたて)しかばさしもの中 川/清秀(きよひで)も討死ありしかば盛政(もりまさ)勇に ほこつて打とる所(ところ)の首(くび)を持(もた)せ勝家(かついへ)方 へおくり勝利(せうり)の吉事を言(いひ)のべその上盛 政/賤(しづが)ヶ嶽(たけ)のの陣所(じんしよ)を去(さ)らず爰(こゝ)に 在陣(ざいぢん)致すべきよしを注進(ちうしん)すれば 勝家(かついへ)さありては軍(いくさ)に利(り)なき事を しりて少利(せうり)にほこらずいそぎ引上候へと 使(つか)ひしき波(なみ)を打(うつ)て諫(いさむ)れども強気(がうき)の 盛政/返答(へんたう)もせず然(しか)るに其夜(そのよ)子の 刻(こく)に秀吉(ひでよし)公/着陣(ちやくぢん)ありて翌朝(よくてう)敵を 眼下(がんか)に見おろし攻(せめ)かけければ忽(たちまち)北国勢 敗軍(はいぐん)に及び盛政/終(つひ)に生捕(いけとり)となり最(さい) 期(こ)の辞世(じせい)に此哥をよめり 【右下】【注:歌は左から右へ読む】 門(かど)を出るなりけり 火宅(かたく)の 小車(をぐるま)は ぬる はて 廻(めぐ)り 世(よ)の中を  佐久間盛政(さくまもりまさ) 【左上】 柴田(しばた)勝家は織田家(おたけ)の老臣(ろうしん)にて越前(ゑちぜん) 北の庄(せう)の城主也/軍功者(いくさこうしや)にして魁(さきがけ)に名 を得(う)るされば其/時代(じだい)の小/唄(うた)に 木綿(もめん)藤吉/米(こめ)五郎左かゝれ柴田(しばた)に 退(のけ)佐久間(さくま)と謡(うた)ひしとなり木綿(もめん)は何 に用(もち)ひても調法(てうほう)なる物(もの)ゆゑ木ノ下にた とへ米(こめ)はなくて叶(かな)はぬものゆゑ丹羽(には)に比(ひ) し柴田は勇気(ゆうき)盛(さか)んに駈口(かけくち)よきゆゑ 斯(かく)いふ又佐久間/信盛(のぶもり)は退口(のきくち)上手ゆゑ なりといふ平日勝家/軍令(ぐんれい)を伝(つた)へるに哥 を以(もつ)てすその中二三/首(しゆ)をしるす  だん〳〵に人数(にんず)を押(おせ)ど先勢(さきせい)を   とりかためずはつぎをくづすな  敵(てき)の退(の)くところへつかばくひつきて   追(お)はゞ逃(にげ)たりにげばおふべし  陣(ぢん)とりはいづくなりともきを付て   日くれぬさきにあたり見ておけ  合戦(かつせん)に勝(かつ)てかぶとの緒(を)をしめて   追(お)ふも二のみも場(ば)や時(とき)による 【左下】  柴田修理亮勝家(しばたしゆりのすけかついへ) 夫(それ)ぞ とも 人(ひと)にしら れず 憂(うき) ものは 身(み)を 心ともせぬ世(よ)なりけり