翻刻
【右上】
佐久間玄蕃允盛政(さくまげんばのでうもりまさ)は柴田勝家(しばたかついへ)の
甥(おひ)にて大/勇強(ゆうがう)の武者也/常(つね)に鉄(てつ)の
棒(ぼう)を遣(つか)ふ事に馴(なれ)たり天正十一年四月
賤(しづ)ヶ嶽(たけ)へ取掛(とりかゝ)り羽柴勢(はしばせい)を切崩(きりくづ)し
敵陣を数多焼立(あまたやきたて)しかばさしもの中
川/清秀(きよひで)も討死ありしかば盛政(もりまさ)勇に
ほこつて打とる所(ところ)の首(くび)を持(もた)せ勝家(かついへ)方
へおくり勝利(せうり)の吉事を言(いひ)のべその上盛
政/賤(しづが)ヶ嶽(たけ)のの陣所(じんしよ)を去(さ)らず爰(こゝ)に
在陣(ざいぢん)致すべきよしを注進(ちうしん)すれば
勝家(かついへ)さありては軍(いくさ)に利(り)なき事を
しりて少利(せうり)にほこらずいそぎ引上候へと
使(つか)ひしき波(なみ)を打(うつ)て諫(いさむ)れども強気(がうき)の
盛政/返答(へんたう)もせず然(しか)るに其夜(そのよ)子の
刻(こく)に秀吉(ひでよし)公/着陣(ちやくぢん)ありて翌朝(よくてう)敵を
眼下(がんか)に見おろし攻(せめ)かけければ忽(たちまち)北国勢
敗軍(はいぐん)に及び盛政/終(つひ)に生捕(いけとり)となり最(さい)
期(こ)の辞世(じせい)に此哥をよめり
【右下】【注:歌は左から右へ読む】
門(かど)を出るなりけり
火宅(かたく)の
小車(をぐるま)は
ぬる
はて
廻(めぐ)り
世(よ)の中を
佐久間盛政(さくまもりまさ)
【左上】
柴田(しばた)勝家は織田家(おたけ)の老臣(ろうしん)にて越前(ゑちぜん)
北の庄(せう)の城主也/軍功者(いくさこうしや)にして魁(さきがけ)に名
を得(う)るされば其/時代(じだい)の小/唄(うた)に
木綿(もめん)藤吉/米(こめ)五郎左かゝれ柴田(しばた)に
退(のけ)佐久間(さくま)と謡(うた)ひしとなり木綿(もめん)は何
に用(もち)ひても調法(てうほう)なる物(もの)ゆゑ木ノ下にた
とへ米(こめ)はなくて叶(かな)はぬものゆゑ丹羽(には)に比(ひ)
し柴田は勇気(ゆうき)盛(さか)んに駈口(かけくち)よきゆゑ
斯(かく)いふ又佐久間/信盛(のぶもり)は退口(のきくち)上手ゆゑ
なりといふ平日勝家/軍令(ぐんれい)を伝(つた)へるに哥
を以(もつ)てすその中二三/首(しゆ)をしるす
だん〳〵に人数(にんず)を押(おせ)ど先勢(さきせい)を
とりかためずはつぎをくづすな
敵(てき)の退(の)くところへつかばくひつきて
追(お)はゞ逃(にげ)たりにげばおふべし
陣(ぢん)とりはいづくなりともきを付て
日くれぬさきにあたり見ておけ
合戦(かつせん)に勝(かつ)てかぶとの緒(を)をしめて
追(お)ふも二のみも場(ば)や時(とき)による
【左下】
柴田修理亮勝家(しばたしゆりのすけかついへ)
夫(それ)ぞ
とも
人(ひと)にしら
れず
憂(うき)
ものは
身(み)を
心ともせぬ世(よ)なりけり