翻刻
【右上】
佐々成政(さつさなりまさ)は大/勇強(ゆうがう)の大将也/初(はじめ)北国を領(りやう)
せしが天正十六年/肥後(ひご)を拝領(はいりやう)して熊本(くまもと)
に移(うつり)制法(せいほう)を定(さだむ)るに隈府(くまぶ)の城主/相摸(さがみの)
守(かみ)親長(ちかなが)下知(げち)に応(おう)ぜず成政/怒(いかつ)て隈(くま)
府(ぶ)を攻(せむ)るにいまだ戦(たゝか)ひ半(なかば)に熊本に一
揆(き)起(おこり)て留守(るす)の城(しろ)を攻(せむ)るよし注進(ちうしん)ありけ
れば成政(なりまさ)熊本へ引取(ひきとる)所/歒跡(てきあと)を追(おつ)て退(のき)
口(くち)難義(なんぎ)なりしが成政一世の勇(ゆう)を震(ふるつ)て引
上る此/勇戦(ゆうせん)辺土(へんど)なるゆゑ世に知(し)れざること
を成政/歎(たん)ぜしといふ斯(かく)て国中/治平(ちへい)せざる
は邪政(じやせい)なるゆゑと太閤(たいかふ)召(めし)給ふ成政/尼(あま)が崎(さき)
法園寺(ほうおんじ)に旅宿(りよしゆく)してありしに自害(じがい)せよと
上/使(し)の来るを成政/驚(おどろ)く気色(けしき)なく沐浴(もくよく)
して撿使(けんし)に向ひ後代(こうだい)の物語(ものがたり)にせられよ
と立ながら腹(はら)十文/字(じ)に切(き)り腸(はらわた)を掴(つか)み
出し天井(てんじやう)へ打付しに龍(りう)の画(ゑ)に血活(ちくわつ)のこ
りて誠(まこと)の龍(りう)の蟠屈(はんくつ)する如く末代(まつだい)これを
見る者/恐怖(きやうふ)せざることなしといふ此哥は
長門(ながと)のあみだ寺(じ)にての詠(えい)なり
【右下】
名にしおふ長(なが)
門(と)の海(うみ)をきて
見れば
あはれを
添(そふ)る
春(はる)の浦波(うらなみ)
佐々陸奥守成政(さつさむつのかみなりまさ)
【左上】
吉川治部少輔元長(きつかはぢぶのせうゆうもとなが)は元春(もとはる)の男に
て智勇(ちゆう)の大将也/秀吉(ひでよし)と度々(どゝ)手/詰(づめ)
の勝負(せうぶ)を決(けつ)せんと勇進(いさみすゝま)れし強威(がうゐ)の気(き)
質(しつ)也/父(ちゝ)元春/羽柴(はしば)の下風(かふう)に附(つか)んこと本意(ほい)
なく思ひ給ひしや元長に家(いへ)を譲(ゆづ)り隠(いん)
居(きよ)し給ふ元長も一胸襟(いつきやうきん)にておはしけれど
秀吉吉川を重(おも)く用(もち)ひ給ひ九州/陣(ぢん)の
時近年/諸所(しよ〳〵)の軍物語(いくさものがたり)をもせん間(あいだ)ぜひ
出陣し給へと宣(のたま)ふに仍(よつ)て九州陣に出(しゆつ)
馬(ば)あれども俄(にはか)に病気(びやうき)脳(なやま)【悩】されければ弟(おとゝ)
蔵人経言(くらんどつねのぶ)を名代として遣(つかは)され其身
は山渓(さんけい)に入水竹の居(きよ)に心を清(すま)し隠遁(いんとん)
の思ひあれば石見(いはみ)にある舎弟(しやてい)左近将監(さこんのしやうげん)【「将」のフリガナ不詳】
元氏(もとうぢ)の許(もと)へおくり給へる哥に
〽梓弓(あづさゆみ)ひかれけるぞや心にも
まかせはてなばすみぞめのそで
されども桑門(さうもん)の望(のぞみ)もとけず邁(ばん)
齢(れい)四十/歳(さい)にて日向(ひうが)の国の陣中
にて病死(びやうし)したまふ
【左下】【注:歌は左から右へ読む】
まゝの 継(つぎ)はし
もとの
吾身(わがみ)ぞ
中(なか)は
世(よ)の
ぬる
はて
わたり
皆(みな)人は
吉川元長(きつかはもとなが)