翻刻
【右上】
北條(ほうでう)左京大夫/氏政(うぢまさ)は氏康(うぢやす)の嫡(ちやく)
子(し)也/文武(ぶんぶ)をかねたる将(せう)にしてよみ歌
もあまたあり松契多春(せうけいたしゆん)の題(だい)にて〽ま
もれ猶(なほ)の歌はよめりおなじく松の題(だい)にて
〽うつし植(うへ)し二/葉(ば)の松(まつ)のことしより
みどりにこもる春(はる)はいくはる
〽いく春を契(ちぎ)りおきてか住吉(すみよし)の
はま松(まつ)がえのみさほなるらん
氏政氏康の名跡(めうせき)を継(つぎ)て一代の間(あいだ)
合戦(かつせん)多(おほ)し所謂(いはゆる)里見義弘(さとみよしひろ)するがの
今川(いまがは)上杉(うへすぎ)武田(たけだ)何れの歒(てき)にも鉾(ほこ)を
争(あらそ)へども自国(じこく)を掠(かすめ)られし事(こと)なく
五代百/余年(よねん)家(いへ)を治(をさめ)られしかども
天正にいたり上/洛(らく)延引(ゑんいん)のことについて
太閤(たいかう)の心に違(たが)ひ合戦に及(およ)び天運(てんうん)に
叶(かな)はざる所あるゆゑにや落城(らくじやう)して天
正十八年七月十一日/生害(せうがい)の時/辞世(じせい)
〽ふきとふく風なうらみそ花の春
もみぢの残(のこ)る秋(あき)あらばこそ
【右下】
北條氏政(ほうでううぢまさ)
まもれ
猶(なほ)
君(きみ)に
ひかれて
住吉(すみよし)の
松(まつ)のちとせを
万代(よろづよ)のすゑ
【左上】
小早川筑前守(こばやかはちくぜんのかみ)隆景は元就卿(もとなりけう)の
三男なり毛利家(まうりけ)三家の内にて芸(げい)
州(しう)より東南(とうなん)の方を附(ふ)せられ九州/発(はつ)
向(かう)の時は先鋒(せんぼう)の大将たり毎度(まいど)戦場(せんぜう)
に向(むかつ)て堅(かた)きを砕(くだ)き哀憐(あいれん)をたれて其智(そのち)
勇(ゆう)朝鮮(てうせん)までも轟(とゞろか)せし将なりさしも軍(ぐん)
慮(りよ)に賢(かしこ)き秀吉(ひでよし)公すら播州上月(ばんしうかうづき)又
は馬野山対陣抔(うまのさんたいぢんなど)には両川の智勇(ちゆう)に
は舌(した)を巻(まき)て陣を払(はら)つて退(しりぞか)れたり中国
和睦(わぼく)の後(のち)は秀吉公/敬(うやま)ひしたしむことひと
かたならず此哥は上/洛(らく)の砌(みぎ)り聚楽(じゆらく)の御(ご)
所(しよ)にて月の宴(えん)の折(をり)から詠(えい)ぜしなりその
節(せつ)太閤/或公卿(あるくげう)と碁(ご)を囲(かこみ)給ひしにむ
づかしき石続(いしつづき)にていろ〳〵御/工夫(くふう)あれども
御手につかへ給ふ御/見物(けんぶつ)の歴々(れき〳〵)いかがせ
させ給ふらんと詠(なが)め居(ゐ)たりその時/太閤(たいかう)
これは小早川が智恵(ちゑ)にてもかなふまじ
と宣(のたま)ふ此/詞(ことば)をもつても隆景(たかかげ)の英智(えいち)
の程を押(おし)はかりてしるべし
【左下】
小早川隆景(こばやかはたかかげ)
治(をさま)れる代(よ)を
こそ仰(あほ)げ
九(こゝの)
重(へ)
の
今宵(こよひ)の
月(つき)を見るに
附(つけ)ても