翻刻
【右頁】
祝部(はぶり)成茂(なりしげ)は日吉の社(やしろ)の称宜(ねぎ)
なり承久(しやうきう)の乱の砌(みぎ)りに後鳥羽(ごとばの)
院(いん)の御 隠謀(いんほう)に組(くみ)せしよし申す
ものありしにより則(すなはち)召捕(めしとら)れ鎌(かま)
倉(くら)に下して誅(ちう)せらるべきに定(さたま)り
ぬ成茂(なりしげ)無実(むじつ)の讒(さん)に沈(しづみ)しを
歎(なけ)き日吉(ひよし)の社を伏拝(ふしおが)み
〽すてはてず塵(ちり)にまじはる影(かげ)そはゞ
神(かみ)もたびねの床(とこ)やつゆけき
此 歌(うた)を日吉の神前(しんぜん)にをさめ
させしにふしぎや其夜(そのよ)北条義(ほうでうよし)
時(とき)の北(きた)のかたの夢(ゆめ)に老(おい)たる猿(さる)一ツ
来りて黒髪(くろかみ)をとり猿の
手にからみ鏁(くさり)を
以(もつ)て北(きた)の方(かた)の身(み)
をいましめ大きに
怒(いか)り日吉の祢(ね)
宜(ぎ)成茂(なりしげ)罪(つみ)なき
者(もの)なるに囚人(めしうど)
【左頁】
たるによりて権(ごん)
現(げん)の御 咎(とがめ)なり
と言(いひ)ける北のかた
夢(ゆめ)さめて驚(おどろ)き
大膳大夫(だいぜんのだいぶ)入道
覚阿(かくあ)に此事
を申 頻(しき)りに
成茂(なりしげ)が罪(つみ)を
なだめ命乞(いのちこ)ひ
ありてゆるされ
帰洛(きらく)に及(およ)び
けり哥(うた)の徳(とく)
神慮(しんりよ)にかなひ
無実(むじつ)を消(け)して
一 命(めい)を助(たすか)りしは
いと有がたき
ことなり
けり