翻刻
【右頁】
後醍醐天皇(ごだいごてんわう)重祚(てうそ)まし〳〵てのち都(みやこ)は合(かつ)
戦(せん)のちまたとなれば吉野(よしの)山に入り給ひ仮(かり)
宮を皇居(くわうきょ)としてあらたまの年立(としたち)かへ
りても節会規式(せちゑぎしき)のさまもいとかなし
く春(はる)もはやなかば過(すぎ)て御/庭(には)の桜(さくら)
もやゝ咲(さき)出しを御 覧(らん)ありて
〽爰(こゝ)にても雲井(くもゐ)の桜さきにけり
たゝかりそめの宿(やど)とおもへど
かく遊(あそば)していともわびしく過(すぎ)させ
給ふに世の中なほも騒(さわが)しく楠(くすのき)
新田(につた)名和(なわ)北畠(きたはたけ)の諸将等(しよせうら)
一致(いっち)して朝敵(てうてき)足利(あしかゞ)の勢(せい)を追(おひ)
退(しりぞ)け防戦(ふせぎたゝか)ふといへどもさらに
干戈(かんくわ)の休(やすま)る時なく此/皇居(くわうきよ)に
日(ひ)を重(かさ)ね給ふに折(をり)しも五月(さみ)
雨(だれ)ふりつゞき淋(さび)しさ増(まさ)る山
里(さと)に供奉(ぐふ)の人々も袖(そで)の
かはけるひまもなく雨(あめ)も
をやみなくふりつゞきければ
【左頁上段】
後醍醐天皇(ごだいごてんわう)
筆(ふで)を
染(そめ)させ
給ひ
〽此さとは
丹生(にふ)の
川 上(かみ)ほど
ちかく
いのらば
はれよ
さみだれ
のそら
斯(かく)詠(えい)じ
給ひしより
忽(たちまち)空(そら)はれ
るのみか日(ひ)
影(かげ)うらゝかに
なりしは御威(ごゐ)
徳(とく)といひ
御製(ぎよせゐ)といひ
⊖
【左頁下段】
⊖
いみじく
わたらせ
給ふ
ことを
人〴〵
皆感(みなかん)
心(しん)せり