キリシタン関連史料を翻刻

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切支丹御退治記 49巻. [9] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [9] - ページ 101

ページ: 101

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 は忠郷即御対面有て貴方之事御老中へも御  物語申置た連は遠慮なく江戸に逗留せら連  脇坂淡州其一族へも御対面可有と被課甚三  郎承御心遣寔に不浅御事乍去某は御一礼之  ゐ斗に御屋敷へ伺公申多連は早御暇給んと  云而翌日江戸を発足春其後忠郷甚三郎帰参  之事を被懸御心に彼是御才覚有る中に甚三  郎病死之聞有け連此人を深く惜之給る尓也  御涙を被催しと也    朔日甲子 松平甲斐守輝綱天草日記曰三月朔日 昨日有   伊豆守令而今日諸将破壊賊城 有馬日記曰三月朔日於肥州島原自今日至五日  陣掛有之帰陣也原之城は自諸将遣人夫令破  却之畢 天草軍記曰松平伊豆守令下知三月朔日ゟ原之  古城本丸石垣を割崩小笠原信濃守松平丹後  守有馬左衛門佐寺沢兵庫頭手前請取也徒党  之頭穿鑿有馬玄蕃頭山猟細川鍋島黒田小笠