キリシタン関連史料を翻刻

コレクション: コレクション1

切支丹御退治記 49巻. [9] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [9] - ページ 102

ページ: 102

翻刻

 原立花水野手前勤也 小笠原代々記曰島原之城は者き捨に被成候得  与之由 上使衆ゟ左衛門尉殿へ被仰渡御仕  置相済申候 佐野弥七左衛門覚書曰原城落城以後諸勢共に  島原領内山々を披し国々へ帰陣有之候事 別本島原記曰三月三日四日五日之中各陣払有  之而帰陣候得は原之城をは諸大名衆ゟ人夫  出させ石垣を崩し破却也左候て温泉山にも  し一揆共隠連居申哉与之事に而諸手ゟ足軽  出させ山を尋候得共敵壱人も居不申候廉猪  大分出候得は去は敵か出たる迚驚噪き谷へ  落或は春祢を損し死春るも有之何連之足軽  といふは明なら春 細川家島原軍記曰三月朔日手負死人改重而書  付被差出分    越中守召仕候馬乗分之手負  組頭    鉄砲頭   筑紫大膳  湯浅覚兵衛 高見権右衛門   佐野左太輔 服部理右衛門 青山 文助