キリシタン関連史料を翻刻

コレクション: コレクション1

切支丹御退治記 49巻. [9] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [9] - ページ 110

ページ: 110

翻刻

 四郎は一揆之大将に而有迚所を少し隔てゝ   獄門にか希ゐふ四郎か姉壱人同其姉之子六  七才之子ありつる又其姉之夫之弟小左衛門  とて与き若き者一人以上三人生捕尓して有  つるか是も吉利支丹たる扁し迚切られたり  四郎か親甚兵衛と云者有しか智恵才覚人に  勝連文武之者也此一揆を起春事は第一此甚  兵衛才覚を以て致したる事と聞へたり甚兵  衛首は何と成たるやらん見にさりけり城を  已らせ死骸共をは海之方へはき落せは海与  り石垣之う已ば追死骸共に而埋上りた里け  連は海は血に成りて波は?之波うちけれは  聞も不及事哉迚人?打てそ見物春扨其後寄  手之勢共其つき〱の日之次第を定て面々の  国々へ帰陣あり 又曰一揆之頭共横幅二丁斗長さ三町斗之間に  透間もなくか希たりけ連はくさきものに蠅  之さゝか里たる如くに只真黒にそ見ゆる也  彼一揆原之死骸をは海之方へ投落春海ゟ本  城之石垣之うはゝ迄十丈も有へき程之高さ