キリシタン関連史料を翻刻

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切支丹御退治記 49巻. [9] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [9] - ページ 111

ページ: 111

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 な連共其石垣之う者々迄死骸にて埋上るた  多人山を築たる如く也古今ある満しき事と  皆人云也 別本島原記曰落城以後討取一揆之首男女童共  に壱万五千余原之城之前田之中に悉獄門に  被懸候惣陣之柵木を以跡先を登からかし首  を突立並へ被置候夥敷義共也 長崎記載   一揆之張本益田四郎首    但年拾七肥後宇土郡渡辺村甚兵衛と云       百姓之一子也     又一説には四郎は長崎東浜長中之小     橋西角之家に而出生元和八壬戌年生す   四郎姉之首   四郎姉聟大矢野小左衛門首   監物之首  以上首数四つ江戸長出島之前に獄門に懸る   四郎か徒首三千三百  右長崎西坂に埋之今に此首塚有之 又曰四郎時貞同人姉大矢野小左衛門有江監物