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翻刻
兵士亦馬乗足軽下々等之死春る者七百丗三
人創を破る者九百五十余人也去?に上使御
目付中城内を被追出け連は諸将各軍勢を打
入らる忠郷渡辺仁太夫を以て余田惣右衛門
に被仰けるは今朝本丸に旗を立堅たる働甚
感に被思召也申之刻に至て大守御父子其外
諸士 上使伊豆守殿へ被参向落城之事を賀
し被申伊豆守殿宣ひけるは明日より城を掃
除春へし然は今夜本城之番手は有馬玄蕃頭
殿可被勤と有に依て当家之番頭山崎太郎兵
衛陸田甚之丞二組之甲士七百余人幷弓鉄炮
之者彼是都合千五百人本丸を堅む
立斎旧聞記曰寛永十五年寅二月廿七八日両日
於有馬城一揆成敗之時立花家中手負討死之
覚
池(物頭)辺勘解由 堀六左衛門 桜井角左衛門
谷田六郎兵衛 竹迫権右衛門 曽我頼母
曽我七郎左衛門 薦野金右衛門 清田権左衛門
相田又左衛門 薦野五郎右衛門 十時与次兵衛