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翻刻
【右丁】
原野沢【澤】《割書:按るに八橋より三四町こなたに野□【「沢」カ】の地有|八橋よみ合》
《割書:家集》霜かれのはらのゝ沢の浅緑 ̄り駒もこゝろははるにそめけり 後京極
五月雨は原野ゝ沢に水越ていつれ三河の沼のやつはし 西行法師 【注】
【注 知立市の知立文化広場に西行の歌碑があり、それには「五月雨は原野の沢に水みちていづく三河のぬまの八橋」とある。】
二村山《割書:或書に尾張としるす三河は誤りなりと云尤三河と|尾張との堺の山なれはさも有へし考るにさなき山》
《割書:の後にあたりたる山也 衣の里よみ合》
くれはとりといふあやをふたむらつゝみてつかはすとてよめる
《割書:後撰》くれはとりあやにこひしうありしかはふたむら山もこへすなりにき 清原諸実
返しのうた
《割書:同》 からころもたつをおしみし心こそふたむら山の関となりけめ よみ人不知
むさしの国よりのほり侍りけるに三河の国ふたむら山の
【左丁】
もみちを見て読【讀】る
《割書:詞花》いくえとも見へぬもみちの錦かなたれふた村の山といひけむ 橘能元
堀川院の御時きさいの宮にて壬五月ほとゝきすと
いへるこゝろをよみ侍る
《割書:千載》さつきやみふた村山のほとゝきすみねつゝきなくこゑを聞かな 權中納言俊忠
《割書:続古今》よそに見しおさゝか上の白露をたもとにかくるふたむらの山 前右大將頼朝
《割書:同》 ともしして今宵も明ぬ玉くしけふたむら山のみねのよこくも 順徳院御製
《割書:同》ちかつけは野路のさゝ原あらはれてまたすゑかすむふたむらの山 平泰時
《割書:続後|拾遺》ほとゝきす二村山へこへいらん明はてゝのみこゑのきこゆる 堀川院中宮上総
《割書:新千|載》越行はひとかたならすかすむなりふたむらやまの春のあけほの 藤原行朝
《割書:夫木》霞たつ二村山の岩つゝしたれ折そめしから錦かも 曽根俊忠
《割書:同》 二村の山の麓【梺】の秋はきは錦をしける野へとこそ見る 大江匡房