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然菅の渡《割書:建保名所百首に志香須賀と書|宮路山よみ合》
此処さたかならす或は矢佐川の河上といふ人もあれ共考
見るに宮路山よみあひとなれは宮路ちかき豊河の
流れのすゑなるへし或人評云今小坂井の辺を度津(ワタシヅ)
の郷といへり遠江浜名の橋の有ゆへに橋本と云三河
しかすかのわたり有ゆへに渡津といひしにやといへり
【上欄】「此歌非也」
万葉 あら磯こす浪はさはかししかすかに海の玉もはにくゝはあらすて
大江為基あつまへまかりくたりけるにあふきをつかはすとて
拾遺 おしむ共なき物ゆへにしかすかのわたりと聞はたゝならぬ哉 赤染右衛門
屏風の陰にしかすかのわたり行人立わつらふかたかける
所をよめる
金葉 行人も立をわつらふしかすかのわたりや旅の泊りなるらん 藤原家隆朝臣
《割書:続後|拾遺》 おふせこそ間遠なり共しかすかの渡りなれにし中なにすれそ 二品法親王慈道
しかすかのわたりにてよみ侍りける
《割書:後捨|遺》 おもふ人有となけれと古里はしかすかにこそ恋しかりけれ 能因法師
《割書:新勅|撰》 行は有行ねはくるししかすかの渡りにきてそ思ひたゆたふ 中務
《割書:建保|古》 あひ見てもあはてもなるゝしかすかの渡り物うきゆめのうきはし 知家
秋風にならねにたてししかすかのわたりし波にをとる袖かは 定家
うしとてに猶しかすかのわたしもりしる人なみのゆくゑをしへよ 行長【?】
いへはありいはねはくるし我心こやしかすかのわたりなるらんよみ人しらす
《割書:太神宮 |千首》 都出ていく日か旅をしかすかの遠き渡りに今そ成ける 花園三位公晴
以上八橋二村宮路しかすかを三河の四名所と云