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翻刻
刈屋水野藤九郎宿所
朝霧は浪もてゆつる籬かな 宗長
同 和泉守に逗留
春はくれぬ時鳥はた初音哉 同
桑子村明眼寺にて永正十五年卯月廿三日此柴屋宗長
松平出雲寺長親公と住持秀連三吟
賦山河
常夏に庭の塵なき心かな 宗長
松にこたかき風の凉しさ 秀連
時鳥有明の月に声はして 長親公道閲
深溝松平大炊助忠定宿所
茂りあふ木すゑの夏の外山哉 宗長
深溝大炊助好景にあふて
花かともいふまて雪のまかき哉 谷宗牧
大浜称名寺の住持にあふて
かきくつし埋火つくす昔かな 同
彼僧鷲塚まてわたりはべれは
君おくるけふのわかれは駒とめてうち出の浜の心地こそすれ
と申《割書:か》け《割書:た》れは 称名寺住持【四角囲み】
君にけふ逢坂山は遠けれと此わかれ路に関守もかな
西都先應寺興行
鐘の音も最中(半イ)は雪のみやま哉 同
雲水も雪にはれたる朝哉 同
同藤助旅宿にて
【左頁上部余白の書入】
宗牧東国紀行天文十三年
後十一月十二日
暮はてゝ三河大浜まて
押付たり称名寺の住持
浜まてわたらせ給ひをり
侍る云々【ヵ】畳さへなき不弁
さなり一会の事餘り聊爾
にやなとあれと志のほとも
見へけれは○…………
十三日岡崎まてと急き
侍れは住持と馬にて鷲塚
まて渡給へ■○…………○
大津の荘厳寺に住給ひしを
■□【藤沢ヵ】よりの仰にて去年
此道場に入院ありけん
其身花山院殿の御息
嶋の公方様の御猶子として
花頭殿にならせ給ふへき
人にて有しをおもはさる
乱世成に時衆に成給へり
哀なる世なり