天保郷帳を翻刻!

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常陸国郷帳 - 翻刻

常陸国郷帳 - ページ 192

ページ: 192

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一高九百七石壱斗六升壱合       《場所:伊佐部村》          《割書:古者《場所:安場村》》 一高四百五拾八石三斗五升三合     《場所:阿波村》 一高九百八拾六石三斗七升三合五勺九才 《場所:神宮寺村》 一高百五拾九石九斗三升        《場所:柏木村》          《割書:古者《場所:古戸村》》 一高九百石弐合            《場所:古渡村》 一高七百五拾四石六斗七升五合     《場所:岡飯出村》 一高五百九拾壱石四斗七升       《場所:四箇村》 一高百四拾七石三斗八升三合      《場所:大来栖村》 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは伊佐部村の高は915.419でここの高に非常に近い。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには阿波村は6か所ありその6か所の高の合計は553.88635でここの高と違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには神宮寺村は5か所ありその5か所の高の合計は988.38247でここの高に非常に近い。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは柏木村の高は159.931でここの高にほぼピッタリである。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには古渡村は5か所ありその5か所の高の合計は869.724でここの高と違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは岡飯出村の高は402.477でここの高と違う。角川日本地名大辞典の茨城県桜川村の岡飯出村(近世)の項によると『天保年間から明治初年に飯出村を分村。』とあり、旧高旧領の飯出村(2か所高352.198)の高も加えると754.675でここの高とぴったり一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには四箇村は8か所ありその8か所の高の合計は1066.970でここの高に合わない。角川日本地名大辞典の茨城県桜川村の四箇村(近世)の項によると『天保年間から明治初年に大来栖村・小来栖村を再び合併。』とある。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには大来栖村はない。角川日本地名大辞典の茨城県桜川村の大来栖村(近世)の項に『天保年間から明治初年に再び四箇村の一部となる』とある。】