← 前のページ
ページ 193 / 225
次のページ →
翻刻
一高三拾三石九斗壱升四合 《場所:小来栖村》
一高弐百九拾三石弐斗八升七合 《場所:山来村》
一高四百八拾石六斗 《場所:三次村》
一高弐百六拾七石弐斗五升三合 《場所:上馬渡村》
一高三百拾八石六斗五升七合 《場所:下馬渡村》
一高三百八拾六石八斗六升壱合八勺 《場所:須賀津村》
一高百弐拾九石壱斗五升壱合四勺 《場所:北須賀津村》
一高六百九拾八石五斗弐合 《場所:甘田村》
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには小来栖村はない。角川日本地名大辞典の茨城県桜川村の小来栖村(近世)の項に『天保年間から明治初年に再び四箇村の一部となる』とある。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは山来村は南山来村で高は50.797でここの高に合わない。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには三次村は2か所ありこの2か所の高の合計は481.007でここの高に非常に近い。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには上馬渡村は2か所ありこの2か所の高の合計は239.002でここの高に近い。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには下馬渡村は3か所ありこの3か所の高の合計は347.514でここの高に近い。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには須賀津村は2か所ありこの2か所の高の合計は516.920でここの高と違う。角川日本地名大辞典の茨城県桜川村の須賀津村(近世)の項に『正保年間に北須賀津村を分村したが,天保年間から明治初年に再び合併。』とある。次の項の北須賀津村の高も加えると516.0132で旧高旧領の高とほとんど一致する。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには北須賀津村はない。角川日本地名大辞典の茨城県桜川村の須賀津村(近世)の項に『正保年間に北須賀津村を分村したが,天保年間から明治初年に再び合併。』とあり、北須賀津村は旧高旧領の時に須賀津村に合併している。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには甘田村は2か所ありこの2か所の高の合計は571.00965でここの高と違う。】