天保郷帳を翻刻!

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常陸国郷帳 - 翻刻

常陸国郷帳 - ページ 74

ページ: 74

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一高三百七拾六石五斗壱升七合  《場所:西金村》          《割書:古者《場所:追原畑村》》 一高百七拾七石三斗七升壱合   《場所:富根村》 一高百八拾三石九斗四升六合   《場所:田野村》          《割書:《場所:高倉村》枝郷》 一高百石三斗三升六合      《場所:武弓新田村》 一高弐千百八拾六石壱斗八升弐合 《場所:天下野村》 一高九百拾壱石五斗七升八合   《場所:高倉村》 一高千七百五拾三石六斗四升四合 《場所:頃藤村》 一高四百六拾弐石四斗弐升    《場所:大沢村》 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには西金村は2か所ありこの2か所の高の合計は345.537でここの高に近い。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには富根村(冨根村)はない。角川地名大辞典の茨城県大子町の富根村(近世)の項に『天保13年北富田村の一部となる』とあり旧高旧領では北冨田村に含まれていると思われる。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには田野村はない。角川地名大辞典の茨城県大子町の田野村(近世)の項に『天保13年北富田村の一部となる』とあり旧高旧領では北冨田村に含まれていると思われる。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには武弓新田村はない。角川地名大辞典の茨城県水府村の武弓新田村の項では『上高倉』に誘導している。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには天下野村は6か所ありこの6か所の高の合計は1456.823でここの高と違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには高倉村は上高倉村2か所と下高倉村2か所に分けて書かれている。この4か所の高の合計は787.012でここの高と違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには頃藤村は6か所ありこの6か所の高の合計は1299.962でここの高と違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには大沢村は3か所ありこの3か所の高の合計は260.625でここの高と違う。】