天保郷帳を翻刻!

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常陸国郷帳 - 翻刻

常陸国郷帳 - ページ 77

ページ: 77

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一高九百石壱斗七升三合     《場所:相川村》          《割書:古者《場所:相川新田》》 一高七拾七石六斗四合      《場所:相川古新田》 一高九百拾壱石八斗弐升弐合   《場所:上金沢村》          《割書:古者《場所:下金沢村》》 一高千九拾三石八斗五升三合   《場所:開田村》 一高六百三拾五石九斗弐升八合  《場所:塙村》 一高千四百弐拾四石三斗五升五合 《場所:左貫村》 一高七百弐拾弐石八斗壱升四合  《場所:初原村》 一高六百七拾七石壱斗六升五合  《場所:芦野倉村》 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには相川村は3か所ありこの3か所の高の合計は560.241でここの高と違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには相川古新田はない。角川地名大辞典の茨城県大子町の相川古新田は相川新田村に誘導され相川新田村の項に『天保13年相川村に合併』とあり、相川村に含まれているものと思われる。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには上金沢村は3か所ありこの3か所の高の合計は621.042でここの高と違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには開田村はない。角川地名大辞典の茨城県大子町の開田村(中世)の項に『文禄年間の太閤検地を機に常陸国久慈郡に属す江戸期には金沢村を経て下金沢村となったと思われる』とあり、旧高旧領では下金沢村に含まれると思われる。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには塙村は3か所ありこの3か所の高の合計は568.550でここの高と違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには左貫村は2か所ありこの2か所の高の合計は1042.292でここの高と違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには初原村は3か所ありこの3か所の高の合計は605,804でここの高と違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには芦野倉村は5か所ありこの5か所の高の合計は702.883でここの高に近い。】