翻刻
【右丁】
うちとる首二百六を献るその後美作守に任し本姓に
あらため森と名のる寛永三年八月十九日左少将になされ
《割書:少将を歴たりしにや|其事武家補任にみへす》同十一年六十五歳にて卒し嫡男
大膳亮重政二男虎松丸三男右近大夫忠広皆悉く
父よりさきたちて卒す忠政外記を養ふて嗣とせり
侍従長継《割書:すなはち|内記なり》忠政の外孫にて家人関民部成次か
嫡子外祖忠政の嗣となり寛永十一年従四位下十八年
侍従延宝六年四月廿六日家をゆつる従四位下美作守
忠継家つきし年三十八歳にて卒し其男《割書:万右衛門|と申す》
いとけなかりしかは成長の姪忠継の弟 伯耆守長義 権(カリ)に
【左丁】
国の事を行ひ延宝二年十二月侍従に任す
対馬守 源長俊長継の三男延宝四年四月廿五日に
父か請ふに依て 所領をわかち賜《割書:一万五|千石》
備前守藤原長政《割書:関と|称す》美作守忠政の家人関民部成次か
二男母は忠政の娘也舎兄長継忠政の家つきてのち
長継か請ふによつて将軍家に召出され長継所領を
わかちあたふ《割書:二万|石》