伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(七・下) - 翻刻

藩翰譜(七・下) - ページ 48

ページ: 48

翻刻

【右丁】 物をと思ひさため舎弟千之助につきたるへきよし一封 の書にしるし秀吉の方に残して四月九日長湫の 戦にうち死せり のち秀吉此書を見てさて兼て より我為に死を決してけりとふかく感し遺言に 任せ舎弟に家つかせ羽柴名のらせて右近大夫となし 忠政とめすあくれは 十三年七月みつから関白せし 時忠政にも侍従させ 我姪をもつて彼妻と せらる 同き十八年信濃国川中島の城にうつる 《割書:十二万|石》 太閤薨し給ひし後大坂の奉行等 ひそかに軍勢を 催し徳川殿のまします 伏見の御館を襲んとす 【左丁】 徳川殿の御方にもあまたの大名はせあつまりて 御館を守護しまいらせんとすかくては中〳〵世の さはきとそなるへしとてまつ人々をは帰さる忠政壱人 人々にをくれ遠侍に伺候してをのか館には帰らす 徳川殿此よしを聞し召かさねて 御対面ありて そのこゝろさしを感したまふ事浅からずほとなく 東西の軍一時に起りし時忠政はしめ東国に馳下り 又引返し中納言殿の御供して山道をのほり真田安房守 昌幸をふせかん為本国に留る慶長八年二月六日美 作国を給てうつる《割書:十八万六|千五百石》大坂前後の軍に随て