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翻刻
【枠外上部横書】
極本しらべ大新板
《題:《割書:京都|大阪》近世(きんせい)大火/略図(りやくづ)》
【題字下】
伏見京橋南詰表町ゟ
凡一二丁焼失
但し七月十八日夜より
朝鎮り申候
【右図題字枠内】
元治元《割書:甲| 子》京大火
【題字下左枠内 上段】
元治元子七月十九日
五ツ時堺町御門より出火
夫より四方へひろかり東は
川はら町下は かもかは
西はほり川北は中立売
南は野がきり新【「漸」の扁が消失か】廿日
くれ時に火鎮り申候
【下段】
町数凡六百余町
家数へ〃二万五千余り
かまど〃四万七千余り
土蔵火入〃千百ヶ所斗
神社〃五百ヶ所斗
【中図題字枠内】
文久三《割書:癸| 亥》大阪大火
【下部中程枠内】
文久三亥十一月廿一日
夜五ツ時新町はし東
詰北入所ゟ出火し西
風はけしく東へ一時に
焼失夫ゟ北西風に
なり東南へ焼また
西南かぜにかはり上町へ【「丁」は「町」の略字】
飛火 東は玉つくり
二軒茶屋まで南は
長ほり迄上町南北へ
ひろかり同月廿三日ひる
四ツ時に漸火鎮り申候
町数凡百五十二町
家数へ四千七百余
かまど〃二万五千余
土蔵〃三百廿余ヶ所
神社〃八十余
【左図題字枠内】
天保八《割書:丁| 酉》大阪大火
【引続の枠内】
天保八酉ニ月十九日朝
五ツ時より東天満辺より
出火風はけしくして所々へ
飛火いたし北せんば大家
焼失上町御城辺迄
やけぬけ同廿一日に
やう〳〵火鎮り申候
町数凡百十二町
家数ヽ三千三百八十余
かまどヽ一万千五百七十余
土蔵ヽ四百十一ヶ所
穴蔵ヽ百三十ヶ所
寺社ヽ三十六ヶ所