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通信交易之儀御/取扱(とりあつかい)之/場所(ばしよ)無之日本之義は肥前
國長崎/表異国(おもていこく)入津乃/湊(みなと)尓有之彼地へ致差願之儀者
/格別当地(かくべつとうち)にては通信交易之義者/難被及御沙汰(およはれかたくごさた)尤彼
地へ罷改候處/信牌(しんはい)無之候而者/難(かたく)申出取上も有之間敷
候間信牌者可被遣旨に而松前に於ゐて其節御成り
松平信濃守殿/大番頭(おゝばんがしら)村上大学林御目付御/双(そう)方より
被仰渡罷帰り候/当節着岸(とうせつちやくがん)の趣に付翌七日又々検使幷
/阿蘭陀通詞(おらんだつうじ)共被遣御尋之処魯西亜舟一/艘(そう)彼地
/暦数(れきすう)一千八百三年八月十一日出舩デイ子マㇽカ之/内(うち)コツハン
ハーカ カナリヤ嶋幷南/亜墨利加(あめりか)州之内ブラシリン國
夫ゟ当海を/周(つかさど)り彼地乃暦数一千八百四年九月三日日本乃
文化元年子七月廿九日に当るカムシカツトに至同九月十日本
八月七日に当る同所出舟今迄三十一かを経着岸乃由を申候
舩長サ三十間余横四間余石火矢《割書:大小|》十六挺《割書:屋り出作り物|女の人物有》
乗組八十五人内四人日本人《割書:但し彼國漂着せし漂流人|此始末壱人にくわしく》
魯西亜人使節幷役懸り之者荒増名前