天保郷帳を翻刻!

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陸奥国郷帳 7 - 翻刻

陸奥国郷帳 7 - ページ 105

ページ: 105

翻刻

一高百六拾七石七斗  《場所:下車力村》 一高五拾八石四斗   《場所:蝉長根派》 一高四拾八石弐斗   《場所:升形村》 一高百五石九斗    《場所:下毘沙門村》 一高弐百弐拾弐石六斗 《場所:長富村》 一高三百拾七石弐斗  《場所:下長富村》 一高弐拾七石弐斗   《場所:高根派》 一高九拾弐石四斗   《場所:下福井村》 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは下車力村の高は230.335でここの高と違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースに蝉長根派はない。弘前大学学術リポジトリの『広須新田の歴史的変遷(下)』に『蝉音新派は蝉長根派、蝉長音、蝉音派、蝉音とも呼ばれた。』とある。廃村のため現在地は確認できないようだ】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは升形村の高は53.590でここの高に近い。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは下毘沙門村の高は153.282でここの高と違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは長富村の高は727.912でここの高と違う。天保郷帳の下長富村の高もまとめている。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには下長富村はない。角川日本地名大辞典の青森県五所川原市の長富村(近世)の項に『「天保郷帳」では,長富村とは別に下長富村が見え,村高317石余とあり,長富村と下長富村の2村として把握されることがあったことがわかる。』とある。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには高根村(高635.179)はあるが高根派はない。高根村と関係があるかどうかは高が違いすぎるので判断が難しい。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには下福井村はないが福井村(高96.661)はある。角川日本地名大辞典の青森県五所川原市の福井村①(近世)の項に『下福井村ともいう』とあるので両村は同じとみなしてよいだろう】