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翻刻
【右丁】
龍崎宮ちよ
同 父の討死を歎き跡ゟ追腹切る時畳紙ニ書置 年十六才
子をおもふ闇に迷ふなまてしばし死出の山路を共に越なん
日下部景綱女 朝倉新太郎女
同 元亀元年近江国坂本城責ニ景綱戦死之跡を訪ひ行墓場にあり井ニ身を沈めてうせんの時
世を經なばよしなき雲やおほはなんいさ入てまし山のはの月
日下部景氏 朝倉掃部助
同 同四年同国北部にて敗軍の節刀祢坂嶽ニしるして
今宵われ露と消なば草の原月より外にたれかとふべき
鳥居景近 朝倉家鳥居兵庫助
同 義景君と共に大野六坊にてうせんる時息子與七刀祢坂ニうせたる事を思い出て
さき立し小萩がもとの秋風や残るしつえの露さそふらん
鳥居景ちかゞ妻 鳥居兵庫助妻
同 同時ニよめり
あるはなくなきは散そふことのはをわか身の上と思はさりはさりしに
【左丁】
藤原景宗 朝倉家 稲岡石見
同 二人の姫君を伴ひ一乗を出るとて妻のもとへ遣したる歌なり
涙よりほかにことはもなかりけりかねて思ひしわかれならねは
柴田修理亮 平勝家
太閤記 天正十一年四月志津ケ嶽の戦敗れ 同十三日豊臣秀吉城を囲まれし時
夏のよの夢路はかなき跡の名を雲井にあけよ山ほとときす
小谷方 織田内大臣信長公女
柴田勝家
同 同
さらぬたに打ぬる程もなつの夜の別をさそふほとときす哉
文荷齊 柴田家始號中村徳房
同 同
契あれや涼しき道にともなひて後のよ迄もつかへ仕へん
末盛方 柴田勝家姉
同 同時植村六左衛門供して竹田の里迄さられける時北ノ庄ニ當り煙立のぼりけるを見て生害之時
今爰にむそし餘の年月をたゞ一ときにかへしつるかな