翻刻
【右丁】
八分之作に御坐候由猶又此上百五十万石同入津致し候時は
同四十目も引下り惣国平均九分の作に御座候由猶又此上
百五十万石同入津いたし候時は同三十目と引下り惣国平
均十分之満作に御坐候由也斯の如く壱石三十目にも下
落致し候上は武家方迷惑にて彼四百五十万石を邪
魔に被成新株の酒屋を御取立有之遽に潰し方被 仰付
候得共元来自然に不叶候故歟二三年過候後又彼
新株之酒屋停止被 仰付候向にも相及ひ候儀は全く目
先き之御凌其日遁れの御工風之様にも其頃風聞有之候
其理いかんとなれは先つ三都は繁花にて人々の目の
【左丁】
付候所には候得共惣国へ平均し候得者甚人少にて幾
許も食糧入り不申候其は四百五十万石は惣国にて一ヶ月の
食糧に足り不申候得共三都にては大方一年近くの食
糧に相当り申候右に付惣国不作にて幾許高直之相場□
候とも三百万石大坂え入津無之候はでは三都の食糧行
届き不申候其訳は京都へ凡四十万石江戸へ凡百五十万
石計り廻米いたし候由に御座候但し此外江戸入津の米
穀は 公儀御廻米諸家廻米等定て多分之事に
て我々式の曽て不奉存次第に御座候乍併出羽奥州其外
東海運送之廻米凡六十万石計り関東米凡四十万石