翻刻
【右丁】
一常平倉の義は穀物を貯へて窮年を救ふの備へ
なれは無て叶はさる義也此は早く垂仁天皇二十七
年に屯倉の沙汰あり続て景行天皇五十七年
の条に冬十月今諸国 興(タテ玉フ)_二田部ノ屯倉_一《割書:云云》又安閑天皇
二年の条に五月丙午朔甲寅日置_二筑紫穂波ノ屯倉
鎌ノ屯倉豊国ノ湊崎(ミサキ)ノ屯倉桑原ノ屯倉 肝等(カト)ノ屯
倉大坂屯倉 我鹿(アカ)ノ屯倉火ノ国の春日部ノ屯倉播磨
国越部屯倉牛鹿ノ屯倉備後国 後城(ミツキ)ノ屯倉 多禰(タネノ)
屯倉 来履(ククツ)屯倉 葉稚屯倉 河音ノ屯倉 婀娜(アタノ)国 胆殖(ヰヱノ)
屯倉年部年屯倉阿波ノ国春日部ノ屯倉紀伊国 経湍(フセノ)
【左丁】
屯倉 河辺屯倉丹波ノ国 蘇斯岐(ソシキノ)屯倉近江国葦浦
ノ屯倉尾張国間敷屯倉入鹿屯倉上毛野国緑野屯
倉駿河国 雅贄(ツヤニエノ)屯倉 ̄ヲ_一《割書:云云》最も屯倉(ミヤケ)とは宮食(ミヤケ)ノ意に
て貯糧備窮年用也猶漢ノ耿(カウ)寿昌ノ常平倉随【隋】
ノ長孫平ノ義倉采【宋】ノ朱喜【熹】ノ社倉ノ類也左れは当時
諸国に興屯倉論は先つ秀吉公天正御撿地より当時へ
■■【次第ヵ】して米穀の割を量り然して定されは不
益の事而已多かるへし愚案大坂御治世の折は大略
米壱石の相場大坂にて銀六十匁なれは惣国とも
安穏なり然処六十目より下り候年は御買被遊上り候