翻刻
【右頁】
を防くといゑり
達穴尓泥伊尓(タヘルニイル)《割書:人|名》の伯尓西亜(ハルシロ)《割書:地|名》紀行の第四巻十五章に云
伯爾西亜(ハルシア)は痘を患るもの稀なり但彼土の小児凡十歳或は
十二歳まての内に必皆頭瘡を生するなり其故は彼國習
にて小児生れて後五六ヶ月の間は産髪を剃らす是を以て
初生の二三月を経れは皆頭瘡を發す是によりて
體内に含有する所の痘毒も其頭瘡と其に發泄して痘瘡
を患ふ者少きなり是は前に云如く他病によりて痘毒の
發脱するの證なり
諳兀羅伊世《割書:書|名》第十二巻に云/亜私太蝋罕(アスタラカン)《割書:地|名》の山中に住む
人は顔面に痘痕あるものを見ず其故を考ふなり
【左頁】
彼處は種痘法専ら行われ一人も流行にて病むものなし
彼地に於ては小児七歳未満の間に針三箇を束
ねて是を以て心蔵の真上又中脘臍及て是を出
血すれほに刺し其上に痘の膿汁を擦つけ木
葉を貼し置なり斯の如くそれは五六日を経て痘
瘡を發すとなり
尾屈斯達弗(ハクスタフ)《割書:人|名》及/鐸鳥哈刺斯(ドウタラス)《割書:人|名》等は此種痘を危き事と
いゑり然れとも明達の諸名家多く此を良法なりと
辨折して著述せい熟考ふるに此法を危み恐れし者は
必鼻孔より痘を種たるなるへし故に多く不幸に
なり往きたらむ鼻孔より入る法は前に辨するごとく