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【右頁】
する事なく瘥後痘痕の醜惡なるの患あることな
し
此種痘法は都爾各(トルコ)《割書:國|名》及ひ尾勤西亜(ギリシア)《割書:國|名》に於て専ら行
はるゝ事久し歐羅巴(ヱウロツパ)の諸邦には近来此術を傳ふ初め
諳厄利亜(ヱンゲリア)《割書:國|名》にてこれを試るに良効あるを以て公子
公孫にも施して皆安全を得るとなり又/花諾穴尓(ハノヘル)《割書:地|名》諳(アン)
斯巴古(スパコ)《割書:地|名》等にても此術を行ふて總て良好を得たりと云
諳厄利亜(ヱンゲリア)及ひ佛朗察(フランス)《割書:國|名》に於て初め此術を怪み疑ひ
誹りて云是天理に背くの法なりと然れとも明達の志
其誹謗の邪説なる事を辨折して此法終に豁然と
して世に明らかになるを得たり亜部刺花木八的爾(アフラハムハテル)
【左頁】
斯(ス)《割書:人|名》の痘瘡論に詳に記せり
夫痘瘡は人々生れなからに血中に潜伏する所の毒中
して時を俟てこれを表發するものなり是を以て
其毒久しく血中に蓄へはは漸々に増益して遂に危難
を為す故に大人の痘は険惡なる症多く是に反して
速に表發すれは其毒怪きを以て小児には順症なる
もの多し是をもつて考ふるに其毒のいまた増ざる
以前に時節を量りて術を施して表發せしむかを
勝れりとす如此すれは體内潜伏の毒悉く發脱するか
故に後来流行の危難を免るなりしかせすして自然の
氣に觸て發するときは其父母始め痘瘡なるを知らず