Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション1

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呂(ろ)嘲(あざ)わらひ。貴殿(きでん)は名に聞えたる武勇(ぶゆう)の人と思(おも)ひしに案(あん)の外(ほか)臆病(おくびやう)柔弱(にうじやく)なる 事を申さるゝかな。軍法(ぐんほふ)にも先(さき)んずる時(とき)は人を制(せい)し。先んぜらるゝ時は人に制(せい)せら るゝと謂(いは)ずや。去年(きよねん)墨縄(すみなは)古佐美(こさみ)が輩(ともがら)貴殿(きてん)の如(ごと)く敵(てき)を恐(おそ)れ長評議(ながひやうぎ)に 日を送(おく)りて一 度(ど)も勝利(しやうり)なく。大いに兵(へい)を折(くじ)き見苦(みぐるし)く都(みやこ)へ逃上(にげのぼ)りて宦軍(くわんぐん)の威(い)を 損(おと)し。其(その)身(み)は君(きみ)の御 不興(ふけう)を蒙(かうむ)れり。是(これ)臆病(おくびやう)未煉(みれん)より事(こと)発(おこ)れるなり。予(われ) 苟(いやしく)も帝(みかど)の御 択(えらみ)にあづかり。征東大使(せいとうたいし)に任(にん)ぜられて下向(げかふ)せし上は片時(へんし)も猶予(ゆうよ)すべ きにあらず。王威(わうい)を首(かうべ)に頂(いたゞ)きて賊徒(ぞくと)を一 戦(せん)に伐夷(うちたいら)げ君(きみ)の宸襟(しんきん)を安(やす)んじ奉(たてま) つらん事 方寸(はうすん)の内(うち)にあり。貴殿(きでん)は後陣(ごぢん)に在(あつ)て予(わ)が武略(ぶりやく)のほどを見物(けんぶつ)せらるべ しと。飽(あく)まで大言(たいげん)しければ。田村丸(たむらまる)其(その)諫(いさめ)がたきを知(しつ)て再(ふたゝ)び言(いは)ず。口を憩(つぐみ)て退(しりそ)かれける。弟(おと) 麻呂(まろ)は百済王(くだらわう)俊哲(しゆんてつ)に八千 余騎(よき)を授(さづ)けて先陣(せんぢん)に進(すゝま)せ。藤原真鷲(ふぢはらのまわし)に八千 余騎(よき)を 授(さづ)けて二 陣(ぢん)とし。其(その)身(み)は一万五千 余騎(よき)を領(れう)して三 陣(ぢん)となり。田村丸(たむらまる)に鼻(はな)明(あか)せんと