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との事なれば。有司(ゆうし)の輩(ともがら)勅命(ちよくめい)を畏(かしこま)り宦吏(やくにん)を分(わか)つて洛中(らくちう)洛外(らくぐわい)の僧坊(そうばう)尼寺(あまでら)の
僧尼(そうに)の行条(ぎやうでう)を分聞(きゝ)糺(たゞ)し破戒(はかい)の者八百五十 余人(よにん)を召捕(めしとり)皆(みな)其罪(そのつみ)の軽重(けいぢう)に依(よつ)て
追放(ついほう)。流罪(るざい)。死刑(しけい)。等(とう)に行(おこな)ひけり。其(その)中に稀有(けう)の悪僧(あくそう)三人 有(あつ)て厳科(げんくわ)に所(しよ)せられ
けり。其(その)犯戒(ぼんかい)の始末(しまつ)を尋(たづぬ)るに。加賀国(かがのくに)金沢(かなざは)の産(さん)に浅山玄吾(あさやまげんご)といへる者あり生年(せうねん)
二十六才。先祖(せんぞ)は系図(けいづ)正(たゞ)しく小地(せうち)をも領(れう)せしに。子孫(しそん)の世(よ)となりて漸次(しだい)に衰微(すひび)し
所領(しよれう)の采地(さいち)をも估却(うりはら)ひ幽(かすか)に暮(くら)しけるが。玄吾(げんご)が父母(ふぼ)は早(はや)く死去(しきよ)し。玄吾(げんご)は独(どく)
身(しん)となり。いまだ妻(さい)をも迎(むか)へざれば玄吾(げんご)つら〳〵思惟(しゆい)し。かゝる扁鄙(かたいなか)にて碌々(ぐづ〳〵)と一 生(せう)を
過(すご)さんより。京師(みやこ)へ上(のぼ)り芸能(げいのふ)を習(ならひ)覚(おぼへ)。それを言立(いひたて)何方(いづかた)の公卿(くげう)へなりとも奉公(はうこう)せばや
と思立(おもひたち)家宅(かたく)私財(しざい)を売(うり)て些少(すこし)の路銀(ろぎん)を得(え)。住馴(すみなれ)し古郷(ふるさと)を立出(たちいで)只(たゝ)一人 都(みやこ)を
志(こゝろざ)して旅立(たびだち)し往々(ゆき〳〵)て近江路(あふみぢ)へ出(いで)つゝ。名(な)に負(おふ)琵琶湖(びわこ)の風景(ふうけい)に目(め)を悦(よろこ)ばせ。湖辺(こへん)を
歩(あゆみ)て行ほどに志賀(しが)の里(さと)も近(ちか)くなる頃(ころ)日(ひ)は已(すで)に黄昏(たそかれ)に及(およ)び。往来(ゆきゝ)の人も稀(まれ)〱(〳〵)に成(なり)