← 前のページ
ページ 199 / 521
次のページ →
翻刻
扶桑皇統記図会(ふそうくわうとうきづゑ)後編(こうへん)巻之三
浪華 好華堂野亭 参考
浅山(あさやま)《振り仮名:過入_二隠室_一遭_二危難_一|あやまつていんしつにいりきなんにあふ》 悪僧(あくそう)《振り仮名:伏_レ刑|けいにふくし》浅山(あさやま)青雲(せいうんの)条(くだり)
浅山玄吾(あさやまげんご)は普賢院(ふげんいん)の記録(ものかき)郎となりて諸事(しよじ)に気(き)を働(はたらか)して執(とり)賄(まかな)ひけるにより
住僧(ぢうそう)清真(せいしん)の適意(こゝろにかなひ)情(め)をかけて召使(めしつか)ひ。玄吾(げんご)が物語(ものがたり)に勤学(きんがく)の望(のぞみ)あるよしを聞(きゝ)
それは易(やす)き事(こと)なり。当院(とういん)へも禁宦(きんくわん)の儒(じゆ)先生(せんせい)多(おほ)く来(きた)り給へば。何(いづ)れの儒家(じゆか)の門(もん)
生(せい)にならんとも心(こゝろ)任(まか)せなり先(まづ)四書(ししよ)の如(ごと)きは我(われ)教導(をしへ)得(え)さすべしとて。寺務(じむ)の暇(いとま)
ある折々(をり〳〵)は素読(そどく)の指南(しなん)しけるに。玄吾(げんご)好(この)む道(みち)なれば。昼夜(ちうや)を捨(すて)ず励(はげ)み学(まな)び
ける程(ほど)に生質(うまれつき)記憶(ものおぼへ)よく秀才(しうさい)の玄吾(げんご)ゆへ追々(おひ〳〵)学業(がくぎやう)進(すゝ)み。清真(せいしん)も感(かん)じて或(ある)儒(じゆ)
宦(くわん)に頼(たの)み玄吾(げんご)を入門(にふもん)させける。玄吾(げんご)大いに怡(よろこ)び弥(いよ〳〵)切磋琢磨(せつさたくま)の功(かう)を積(つみ)詩(し)を賦(ふ)
し文(ぶん)を綴(つゞ)る事(わざ)を粗(ほゞ)会得(ゑとく)し。儒宦(じゆくわん)の書生(しよせい)にも知音(ちいん)多(おほ)くなり。折節(をりふし)は詩会(しくわい)の席末(せきまつ)