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とぞ。其後(そのゝち)土佐国(とさのくに)室戸崎(むろどのさき)にいたられけるに。此地(このち)南海(なんかい)前(まへ)に湛(たゝ)へ高巌(かうがん)側(かたはら)に峙(そばだ)ち【注】
松(まつ)を払(はらふ)嵐(あらし)は旅人(りよじん)の夢(ゆめ)を破(やぶ)り。苔(こけ)をつたふ谷(たに)の水(みづ)は隠士(いんし)の耳(みゝ)を洗(あらふ)べき幽邃(ゆうすい)の地(ち)
なれば。是(これ)を愛(あい)して草菴(さうあん)を結(むす)び。それに住居(ぢうきよ)【注】して求聞持(くもんぢ)の法(ほふ)を修(しゆ)し観念(くわんねん)せられ
けるに。明星(みやうぜう)口中(かうちう)に散(さん)じ入て仏力(ぶつりき)の奇異(きい)を現(あら)はしける。空海(くうかい)即(すなは)ち口中(かうちう)の明星(みやうぜう)を海(かい)
中(ちう)に向(むか)ひて吐出(はきいだ)されければ。其光(そのひかり)水(みづ)に沈(しづ)み末世(まつせ)の今にいたる迄(まで)闇夜(やみのよ)には海底(かいてい)に星(ほし)の
光(ひかり)粲然(さんぜん)たり。不思議(ふしぎ)といふも疎(おろか)なり。斯(かく)て室戸の菴室(あんじつ)に行(おこな)ひ澄(すま)して在(おは)
しける
に遠近(えんきん)の里人(さとびと)空海師(くうかいし)の道徳(どうとく)を慕(した)ひ訪(とふら)ひきたる人 多(おほ)かりければ。空海(くうかい)は
却(かへつ)て是(これ)を煩(わづ)らはしく物(もの)騒(さはが)しき事に思(おも)はれ一時(あるとき)の歌(うた)に
法性(ほふしやう)のむろ戸(ど)ときけど我(わが)住(すめ)ば有為(うゐ)の波風(なみかぜ)寄(よせ)ぬ日(ひ)ぞなき
と詠(えい)じられける。此(この)室戸(むろど)の海(うみ)に悪龍(あくりょう)在(あつ)て空海師(くうかいし)の行法(ぎやうほふ)を妨(さまたげ)んと種(さま)々の
形(かたち)に変(へん)じて出現(しゆつげん)しけれども。空海(くうかい)公然(こうぜん)として少も怖(おそ)れず真言(しんごん)を唱(とな)へ唾(つばき)を吐(はき)
【注 法政大学 国際日本学研究所所蔵資料アーカイブスの別本にて補填。】