Gallicaの日本資料を翻刻!

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扶桑皇統記図会(ふそうくわうとうきづえ)後編(こうへん)巻之四                浪華 好華堂野亭参考    《振り仮名: 放_二巨亀_一浦島到_二蓬莱_一|おほがめをはなしてうらしまほうらいにいたる》  《振り仮名:開_二玉手筥_一浦島老死|たまてばこをひらいてうらしまらうしす》条 丹後国(たんごのくに)余社郡(よさごほり)管川(つゝかわ)といふ所(ところ)に水江浦島(みづえのうらしま)某(それがし)と呼(よぶ)漁師(りやうし)ありけるに。今よりは三百 余年(よねん)以前(いぜん)人皇(にんわう)二十二代 雄略天皇(ゆふりやくてんわう)二十二年の秋(あき)七月 漁(いさり)に出(いで)しまゝにて何国(いづく)へか往(ゆき) けん其(その)まゝ家路(いへぢ)に帰(かへら)ざれば。親属(しんぞく)朋友(ほういう)所々(しよ〳〵)を尋(たづね)捜(さが)しけれども曽(かつ)て行方(ゆくへ)知(しれ)ざれば。海(かい) 上(しやう)にて難風(なんふう)などに遭(あひ)吹流(ふきなが)されしか。又は悪魚(あくぎよ)の為(ため)にとられしならめとて打捨(うちすて)おきけるに 遙(はるか)に星霜(せいさう)歴(へ)て今年(ことし)天長(てんちやう)二年八月に故郷(こけう)水江(みづえ)へ立帰(たちかへ)り老死(らうし)せり年暦(ねんれき)を算(かぞふ)るに三百二 十二年に及(およ)べり。あまりに不測(ふしぎ)なる事ゆへ都(みやこ)へ奏聞(そうもん)しければ。朝廷(てうてい)にも未曾有(みぞう)の珍事(ちんじ)なりと て是(これ)を記録(きろく)に載(のせ)給ひけり。其義(そのぎ)を委(くはし)く尋(たづぬ)るに。彼(かの)浦島(うらしま)某(なにがし)一日(あるひ)漁舟(いさりぶね)に乗(のつ)て沖(おき)へ出(いで)。鉤(つり)【鈎は俗字】 を垂(たれ)て大いなる亀(かめ)を鉤得(つりえ)たり。浦島(うらしま)心におもひけるは。亀(かめ)は四霊(しれい)の一ツにて甲(かう)ある者(もの)三百六