Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション1

- 翻刻

 - ページ 305

ページ: 305

翻刻

太上(だじやう)天皇と申 淳和(じゆんわ)天皇を後(のち)の太上(だじやう)天皇と崇(あがめ)奉り給ふ。左大臣(さだいじん)藤原緒嗣(ふぢはらのをつぎ)右大(うだい) 臣(じん)清原夏野(きよはらのなつの)両公(りようこう)万機(ばんき)の政(まつりごと)を補佐(ほさ)し奉り。天皇の外舅(ぐわいきう)参議(さんぎ)橘氏公(たちばなのうじとも)卿(けう)右大将(うだいせう) を兼(かね)て武宦(ぶくわん)を掌(つかさ)どらる。天長(てんてう)十一年 大嘗会(だいぜうゑ)を行(おこな)はれ。悠紀殿(ゆきでん)。主基殿(すきでん)の旗(はた)の 紋(もん)に梧桐鳳凰(きりにほうわう)日月慶雲(じつげつけいうん)西王母(せいわうぼ)の桃(もゝ)連理(れんり)の呉竹(くれたけ)麒麟(きりん)亀龍(きりよう)の飾(かざり)鮮明(あざやか)に 大礼(たいれい)の儀式(ぎしき)殊更(ことさら)厳重(げんぢう)に執行(とりおこな)はせ給ひけり。其年(そのとし)の冬(ふゆ)初(はじめ)て撿非違使(けびゐし)の庁(てう)を置(おか) れ参議(さんぎ)文屋秋津(ぶんやのあきつ)を別当(べつとう)となし給ふ。是(これ)漢土(もろこし)の例(れい)に准(なぞら)はせ給ふなり。此職(このしよく)は非常(ひじやう) を誡(いまし)め正法(せいほふ)に背(そむ)く族(やから)を穿鑿(せんさく)し糺(たゞ)す役(やく)なり。漢土(かんど)唐虞(とうぐ)の世(よ)には理宦(りくわん)と云(いひ)周(しう)には 大司寇(たいしかう)【𡨥は俗字】と云。秦(しん)には廷尉(ていゐ)と云。漢には大理(たいり)と云。隋(ずい)には大理寺(たいりじ)と称(しやう)し。唐(とう)の世(よ)にもまた大 理寺(りじ)云(いへ)り。皆(みな)吾朝(わがてう)の撿非違使(けびゐし)と一般(おなじこと)なり。後年(こうねん)朝廷(てうてい)次第(しだい)に此職(このしよく)重(おも)くなりて 左京(さきやう)右京(うきやう)の大夫(だいぶ)是(これ)を掌(つかさど)り。京中(きやうぢう)宅地(たくち)の事も弾正台(だんじやうたい)の掌(つかさど)る不法(ふほふ)糾断(きうだん)の事も刑(ぎやう) 部省(ぶせう)の掌(つかさど)る訴訟(そしやう)判断(はんだん)断獄(だんごく)刑罰(けいばつ)の事も左右(さいう)衛門府(ゑもんのふ)の掌(つかさど)る悪党(あくとふ)追捕(つひほ)の役(やく)