Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション1

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ページ: 307

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今度(このたび)の遣唐使(けんとうし)の正使(せいし)は我(われ)こそと思(おも)はれけるに。藤原常嗣(ふぢはらのつねつぐ)は家系(かけい)正(たゞ)しく富貴(ふうき)の人なれ ば朝廷(てうてい)の宦人(くわんにん)多(おほ)く賄賂(まいない)を得(え)て君(きみ)へよきやうに奏(そう)しけるゆへ正使(せいし)に定(さだ)めけるを篁(たかむら)心中(しんちう)に 不平(ふへい)の思(おもひ)を懐(いだ)き常嗣(つねつぐ)の下風(かふう)に立(たつ)を快(こゝろよ)からずおもふと雖(いへども)【虽は略字】已(すで)に勅命(ちよくめい)下(くだ)りし上は力(ちから)なく不(ふ) 本意(ほんい)ながら倶(とも)に発足(ほつそく)して同七月 筑前国(ちくぜんのくに)松浦(まつら)に着(つき)乗船(じやうせん)して纜(ともづな)を解(とき)けるに。海(かい) 上(しやう)へ乗出(のりいだ)し幾干(いくばく)も行(ゆか)ずして俄(にはか)に風(かぜ)変(かは)り逆浪(さかなみ)起(おこ)つて正使(せいし)副使(ふくし)判官(はんぐわん)録事(ろくじ)四 艘(そう)の 船(ふね)を淘上(ゆりあげ)淘下(ゆりおろ)し就中(なかんづく)正使(せいし)常嗣(つねつぐ)の船(ふね)は檣(ほばしら)折(をれ)楫(かぢ)摧(くだけ)あはや覆(くつがへ)らんとせしを船子(ふなこ)ども 命(いのち)を拋(なげうつ)て働(はたら)きよふ〳〵旧(もと)の礒(いそ)へ乗着(のりつけ)けり。残(のこ)る三 艘(ぞう)の船(ふね)も辛(から)うして風難(ふうなん)を免(まぬか)れ港(みなと) へ吹戻(ふきもど)されけるが。四 艘(そう)とも大いに破損(はそん)しければ。斯(かく)ては入唐(につとう)せん事 叶(かな)はず一旦(ひとまづ)帰京(ききやう)すべし とて遣唐使(けんとうし)四人いづれも都(みやこ)へ還(かへ)り上(のぼ)り破船(はせん)のおもむきを睿聞(ゑいぶん)に達(たつ)しければ今年(ことし)は はや年(とし)の暮(くれ)近(ちか)く寒冷(かんれい)の砌(みぎり)なれば入唐(につとう)の義(ぎ)延引(えんいん)すべしと仰(あふ)せ付(つけ)られける。偖(さて)其(その) 翌年(よくねん)《割書:承和|四年》三月 再(ふたゝ)び勅命(ちよくめい)下(くだ)りけるゆへ遣唐使(けんとうし)の面々(めん〳〵)都(みやこ)を立(たつ)て太宰府(だざいふ)へくだり