Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション1

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ページ: 308

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破船(はせん)の修覆(つくろひ)も整(とゝの)ひければ各(おの〳〵)乗船(ぜうせん)しけるに。其期(そのご)に及(およ)び常嗣(つねつぐ)の船(ふね)は去年(きよねん)難風(なんふう)の節(せつ) 大いに破損(はそん)しけるゆへ。修覆(しゆふく)は加(くはへ)たれども猶(なを)海上(かいせう)にて過(あやま)ち有(あら)ん事を危(あや)ぶみ。篁(たかむら)の船(ふね)を 俄(にはか)に正使(せいし)の船(ふね)とし正使(せいし)の船(ふね)を副使(ふくし)の船(ふね)としければ。篁(たかむら)心中(しんちう)大いに憤(いきどふ)り。常嗣(つねつぐ)が我(わが) 意(まゝ)の行条(ふるまひ)を悪(にく)み。素(もとより)快(こゝろよ)からぬ中なれば。急(きう)に病気(びやうき)と称(しやう)して乗船(じやうせん)せず都(みゃこ)へ還(かへ)りける にぞ。常嗣(つねつぐ)は已(すで)に出船(しゆつせん)の期(ご)に臨(のぞみ)たれば。篁(たかむら)の代(かへり)を都(みやこ)へ申 下(くだ)さんも迂(まはり)遠(どふし)とて。従事(じふじ)判(はん) 宦(ぐわん)を副使(ふくし)として出帆(しゆつばん)せられけり。此時(このとき)睿山(ゑいざん)の僧(そう)円仁(ゑんにん)も《割書:後に慈(じ)|覚(か[く])大師》同船(どうせん)して入唐(につとう)せられける 去程(さるほど)に小野篁(をのゝたかむら)は帰京(ききやう)して私宅(したく)に閉居(へいきよ)し。西道謡(さいどうよう)と題号(だいがう)せし文章(ぶんしやう)を綴(つゞ)りて常(つね) 嗣(つぐ)の行条(ぎやうでう)を誹謗(ひはう)しけるに。其文(そのぶん)の中に朝廷(てうてい)を軽(かろ)んずる文意(ぶんい)有(あり)ければ。嵯峨上皇(さがのじやうかう)大 いに逆鱗(げきりん)在(ましま)し使庁(しのてう)に命(めいじ)て篁(たかむら)を召捕(めしとら)せ給ひ。其罪(そのつみ)を緊(きびし)く糾明(きうめい)させ給ふに。篁(たかむら)陳(いひ) 謝(ひらき)の詞(ことば)なく罪(つみ)に伏(ふく)しけり。是(これ)に依(よつ)て死刑(しけい)にも行(おこな)はせ玉ふべきなれども流石(さすが)博識(はくがく)多(た) 能(のふ)の上 筆道(ひつどう)の達者(たつしや)詩哥(しいか)の名人(めいじん)なればとて。死罪(しざい)一 等(とう)を宥(なだめ)られ承和(しやうわ)五年十一月 隠(お)