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けり。抑(そも〳〵)勢州(せいしう)度会郡(わたらへこほり)五十鈴川(いすゞがは)の内宮(ないくう)御 鎮座(ちんざ)は人皇(にんわう)十一代 垂仁(すいにん)天皇二十五年三
月 初(はじめ)て天照皇太神(てんせうかうだいじん)の神霊(みたま)を鎮(しづめ)祭(まつ)らせ給ひ。皇女(ひめみこ)倭媛命(やまとひめのみこと)を以(もつ)て彼(かの)宮(みや)につかへ
奉(たてまつ)らせ給ふ。是(これ)を伊勢(いせ)の斎宮(さいぐう)と申せり。然(しかる)に其後(そのゝち)代々(よゝ)の帝(みかど)姫御子(ひめみこ)在(ましま)さず。或(あるひ)は
四海(しかい)穏(おだや)かならずして何(いつ)しか中絶(ちうぜつ)し。桓武(くわんむ)天皇の御宇(きよう)にいたり伊勢(いせ)の斎宮(さいぐう)を立(たて)まく思(おぼし)
召(めし)けれども。此(この)御代(みよ)にも遷都(みやこうつし)の事および朝廷(てうてい)の政務(まつりごと)繁(しげ)くして睿慮(ゑいりよ)に任(まか)せ玉はず
打過(うちすぎ)させ給ひ。其後(そのゝち)嵯峨(さが)天皇 平安城(へいあんじやう)万代(ばんだい)不易(ふえき)の祈祷(きとう)のため皇女(くわうによ)有智子内(うちしない)
親王(しんわう)を賀茂明神(かもみやうじん)へ初(はじめ)て斎院(さいいん)に立(たて)て神威(しんい)を仰(あふ)ぎ奉り給ひ。而(しかふ)して后(のち)伊勢斎宮(いせのさいぐう)
の義(ぎ)を頻(しきり)に御 沙汰(さた)ありけれども。時(とき)尚(なほ)いまだ至(いたら)ざるにや其(その)義(ぎ)を果(はた)し玉はず。然(しかる)
を淳和(じゆんわ)天皇 先帝(せんてい)の御 志(こゝろざし)を嗣(つが)せ給ひ。偖(さて)こそ久子内親王(ひさこないしんわう)を伊勢(いせ)の斎宮(さいぐう)に立(たて)
玉はんとの睿慮(ゑいりよ)定(さだ)まり給ひけり。是(これ)に依(よつ)て先(まづ)一千日 祓い(はらひ)させ玉はんとて。嵯峨野(さがの)に野々(の)
宮(みや)を立(たて)入(いれ)奉り給ふ。其(その)御 宮造(みやづくり)質素(しつそ)を本(もと)として黒木(くろぎ)の華表(とりゐ)小柴垣(をしばがき)を用(もち)ひられ御(ご)