Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション1

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偖(さて)有果(ありはつ)べき事ならねば。御 遺勅(ゆいちよく)に任(まか)せ尊骸(そんがい)を収(おさめ)奉り。山城国(やましろのくに)葛野郡(かどのごほり)真(ま) 原(ばら)のさん山陵(さんれう)に葬(ほうむ)り奉られけり。此君(このきみ)も先々(せん〴〵)の帝(みかど)の御 仁徳(じんとく)に劣(おと)らせ玉はず御即(ごそく) 位(ゐ)の初(はじめ)より朝政(てうせい)に睿慮(ゑいりよ)を委(ゆだね)玉ひ。万民(ばんみん)を恤(めぐ)み育(そだて)給ひ。四海(しかい)穏(おだや)かなりけるに。御 在(ざい) 位(ゐ)わづか九年にて登霞(とうか)まし〳〵ける。宝算(ほうさん)三十二才とぞ。最(いと)惜(をし)かりし御 事(こと)也けり     清和天皇(せいわてんわう)御即位(ごそくゐ)  伴義雄(とものよしを)《振り仮名:犯_レ罪流刑之条|つみをおかしるけいのこと》 先帝(せんてい)《割書:文|徳》已(すで)に崩御(ほうぎよ)なし給ひければ。朝廷(てうてい)の群臣(ぐんしん)評議(ひやうぎ)の上 春宮(とうぐう)維仁親王(これひとしんわう)を 宝位(みくらゐ)に即(つけ)奉(たてまつ)る。此君(このきみ)を人皇(にんわう)五十六代 清和(せいわ)天皇と申(まうし)奉れり。御 年(とし)九才 吾朝(わがてう) 幼帝(ようてい)の始(はじめ)なり。則(すなは)ち文徳(もんどく)天皇 第(だい)四の皇子(みこ)にて御母は太政大臣(だじやうだいじん)藤原良房(ふぢはらのよしふさ)公(こう) の御 女(むすめ)染殿皇后(そめどのゝかうぐう)なり。此時(このとき)外祖(ぐわいそ)良房公(よしふさこう)を摂政(せつしやう)とせらる。是(これ)藤原氏(ふぢはらうじ)摂政(せつしやう)の 初(はじめ)なり即(すなは)ち良房公(よしふさこう)の計(はか)らひとして伊勢太神宮(いせだいじんぐう)を先(さき)とし諸大社(しよたいしや)へ奉幣使(はうへいし) を立(たて)幼主(ようしゆ)御 即位(そくゐ)の義(ぎ)を告(つげ)られ。年号(ねんがう)を貞観(でうぐわん)元年と改元(かいげん)ありけり。然(しか)れども