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なり。此君(このきみ)は光孝帝(くわうかうてい)第七(だいひち)の皇子(みこ)にて此時(このとき)二十一才にならせ給へり。先帝(せんてい)《割書:光|孝》皇子(みこ)数多(あまた)在(おはし)
ましけるが。いまだ親王(しんわう)にて小松宮(こまつのみや)におはしける時。(とき)是忠(これたゞ)。是定(これさだ)。定省(さだみ)の三人の皇子(みこ)を召(めさ)れ
御 戯(たはむ)れに。もし自然(しぜん)予(われ)帝位(ていゐ)に登(のぼら)ば你(いまし)達(たち)何事(なにごと)を望(のぞみ)候やと問(とは)せ給ひしに。御 嫡子(ちやくし)是(これ)
忠(たゞ)は筑紫(つくし)を賜(たまは)り候へと仰(あふせ)られ。御 二男(じなん)是定(これさだ)は東国(とうごく)を賜(たま)はり候へと曰(のたま)ひ。御 三男(さんなん)定省(さだみ)は春(とう)
宮(ぐう)に立(たゝ)まほしとぞ曰(のたま)ひける。さるに依(よつ)て先帝(せんてい)御 即位(そくゐ)在(ましま)して後(のち)定省親王(さだみしんわう)を太子(たいし)に立(たて)
給ひしゆへ。今度(こんど)万乗(ばんぜう)の宝位(みくらゐ)に即(つか)せ給ひけるぞ芽出度(めでた)かりき。此君(このきみ)兼(かね)て内々(ない〳〵)王位(わうゐ)を践(ふま)
ずやとの御 望(のぞみ)まし〳〵けるゆへ。いまだ侍従(じじふ)にておはしける頃(ころ)より。時々(より〳〵)賀茂社(かものやしろ)へ御 社参(しやさん)
ありて祈願(きぐわん)を籠(こめ)給ひけるを。世人(よのひと)更(さら)に知(しら)ざりしに。君(きみ)登極(とうきよく)の後(のち)寛平(くわんへい)元年と改元(かいげん)させ
給ひ。其年(そのとし)の十一月御 祈願(きぐわん)成就(じやうじゆ)せし御 欣悦(よろこび)に因(よつ)て。賀茂社(かものやしろ)に初(はじめ)て臨時(りんじ)の祭(まつり)を執(とり)
行(おこな)はせ給ひ。神慮(しんりよ)を清(すゞ)しめ給ひけり。其外(そのほか)正月 元旦(ぐわんたん)に四方拝(しはうはい)の儀式(ぎしき)も此(この)帝(みかど)より始(はじめ)たまひ
同月(どうけつ)七日に七種(なゝぐさ)の御粥(みかゆ)を献(けん)ずる事も此君(このきみ)の御宇(ぎよう)よりぞ始(はじま)りける。主上(しゆぜう)また諸(しよ)臣下(しんか)