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起(おこ)ると謂(いへ)り。此頃(このごろ)左大臣殿(さだいじんどの)と右大臣殿(うだいじんどの)と御中 睦(むつま)じからずと風説(とりさた)せり。是(これ)らの事
より世(よ)の騒(さは)ぎ出来(いでく)べき前表(せんへう)にやと危(あやぶ)み合(あひ)けり。茲(こゝ)に文章(もんじやう)の博士(はかせ)三善清行(みよしきよゆき)と云(いふ)
人あり。先祖(せんぞ)は百済王(はくさいわう)の後胤(こういん)にして僧(そう)浄蔵貴所(じやうざうきしよ)の父(ちゝ)なり。清行(きよゆき)博学(はくがく)多識(たしき)なる
上(うへ)天文暦道(てんもんれきどう)にも達(たつ)せし名士(めいし)なりけるが。彗星(けいせい)を望(のぞみ)見て門人(もんじん)に謂(いつ)て曰(いはく)。今 彗星(はゝきぼし)現(あら)
はるゝを以(もつ)て世人(せじん)兵乱(へいらん)の起(おこ)るべき凶兆(けうてう)ならんと疑(うたが)ひ危(あや)ぶむといへども非(ひ)なり。彗星(けいせい)は其(その)
年(とし)に因(よつ)て吉凶(きつけう)定(さだ)めがたし。今年(こんねん)の彗星(けいせい)は兵革(へいかく)の兆(しるし)には非(あら)ず。恐(おそら)くは是(これ)朝廷(てうてい)の大臣(だいじん)に禍(わざは)
ひある兆(しるし)なるべし。夫(それ)に就(つい)て熟考(つら〳〵かんがふ)るに。今 右大臣(うだいじん)道真公(みちざねこう)儒家(じゆか)より抽(ぬきん)でられて三 公(こう)
の高位(かうゐ)に登用(とうよう)せられ給ふは。素(もとよ)り其身(そのみ)の賢徳(けんとく)に因(よる)ところなれども。左大臣(さだいじん)時平公(ときひらこう)其身(そのみ)
の不徳(ふとく)を顧(かへりみ)ず。平日(つね)に菅公(かんこう)を忌(いみ)嫉(ねた)む色(いろ)あり。斯(かく)ては菅公(かんこう)終(つひ)に佞臣(ねいしん)の讒舌(ざんぜつ)の
ために災害(わざはひ)御 身(み)に及(およ)ぶべし。当時(とうじ)主上(しゆぜう)聖智(せいち)に在(ましま)せども。いまだ御 若年(じやくねん)なり。もし
菅公(かんこう)朝廷(てうてい)を退(しりぞ)けられ玉はゞ朝家(てうか)危(あやふ)かるべし。我(われ)菅公(かんこう)と深(ふか)く交(まじは)るにもあらざれども