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待(まち)給ひけれども。遂(つひ)に御門 開(ひらか)ず執奏(とりつぎ)し奉る人も候はねば。法皇(ほふわう)も御 力(ちから)なくすご〳〵と還(くわん)
御(ぎよ)なし給ひしは誠(まこと)に恐(おそれ)多(おほ)き御事にて候ひし。小宦(やつかれ)は君(きみ)の随遂(おんとも)申 筑紫(つくし)へ下り候よしを
言上(まうしあげ)御暇(おんいとま)を願(ねが)ひ是(これ)まで馳(はせ)参(まいり)候と。事の始末(はじめをはり)を委(くわし)く言(ごん)上しけるにぞ菅公(かんこう)御 落涙(らくるい)に
狩衣(かりぎぬ)の袖(そで)を浸(ひた)し給ひ。法皇(ほふわう)数(かづ)ならぬ臣(しん)が左遷(させん)【迁は俗字】を憐(あはれ)み給ひ。至尊(しそん)の御 身(み)に泥土(でいど)を
踏(ふま)せ給ひ。剰(あまつさ)へ春寒(しゆんかん)の御 膚(はだへ)を犯(おか)し奉るをも厭(いと)はせたま玉はず。終夜(よもすがら)玉体(ぎよくたい)を苦(くるし)め奉りしは
偏(ひとへ)に道真(みちざね)が罪(つみ)なりとて仁和寺(にんわじ)の方を遥拝(ようはい)し給ひける。船方(ふなかた)の宦人(くわんにん)們(ら)は。時剋(じこく)移(うつ)り候
あいだ疾(とく)御 船(ふね)に乗(めし)給へと急(いそ)がし奉りければ。菅公(かんこう)春彦(はるひこ)に仰(あふせ)けるやう。今 聞(きく)ごとくなれば
予(われ)は乗船(じやうせん)し筑紫(つくし)へ赴(おもむ)けば。今生(こんじやう)にて再会(さいくわい)せん事も預(あらかじ)め定(さだめ)がたし。你(なんじ)は故郷(こけう)へ帰(かへ)
り。心 長閑(のどか)に老(おひ)を養(やしな)ひ候へと言捨(いひすて)船(ふね)に乗(のら)んとし給ふを。春彦(はるひこ)忙(いそが)しく御 裾(すそ)を曳(ひき)とめ
是(こ)は何(いか)なる仰(あふせ)にて候や。抑(そも〳〵)君(きみ)御出生(ごしゆつせう)の昔(むかし)より今日(こんにち)にいたる迄(まで)。一日も御 館(やかた)【舘は俗字】を去(さら)ず重(ぢう)
代(だい)の主君(しゆくん)と思(おも)ひ事(つか)へ奉り候ひしに。斯(かく)左遷(さすらへ)【迁は俗字】の御 身(み)と成(なり)給ひ。遠(とふ)く配所(はいしよ)へ赴(おもむ)き給ふを